こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「腰痛に関する英語表現」。
「腰痛」は医学教育モデル・コア・カリキュラムにある習得すべき37症候の中でも特に頻度の高い症状の一つです。しかしいざその診察を英語でやってみようとすると、「ぎっくり腰」や「脊椎すべり症」などの英語表現で戸惑う方も多いのではないでしょうか?
そこで今月は「腰痛に関する英語表現」をわかりやすくご紹介したいと思います。
“hunchback” や “swayback” って何のこと?
「腰痛」low back pain(もしくは lower back pain)を考える前に、まずは「背骨」について復習しておきましょう。
「背骨」は一般的には backbone と、そしてやや専門的には「脊椎」spine と呼ばれます。これらはどちらも「脊柱」vertebral/spinal column を意味し、普通は単数形で使われます。そして英語の backbone は「大黒柱」や「屋台骨」という意味でも用いられます。
皆さんが「解剖学」anatomy で学ばれた通り、この vertebral column は下記のような33個の「椎骨」vertebrae(単数形は vertebra)で構成されています。
33 (7 + 12+ 5 + 5 + 4) vertebrae
「頚椎」Cervical vertebrae: C1-7
「胸椎」Thoracic vertebrae: T1-12
「腰椎」Lumbar vertebrae: L1-5
「仙椎」Sacral vertebrae: Sacrum (5 fused)
「尾椎」Coccygeal vertebrae: Coccyx “Tailbone” (4 fused)
また「腰椎」lumbar vertebrae の lumbar は、「木材」を意味する lumber とは綴りと発音が極めて似ているので注意してください。
この vertebral column の中を「脊髄」spinal cord が走行していますが、その遠位端は L1/L2 のレベルで、そこから遠位は「馬尾」cauda equina となります。ですから「腰椎穿刺」lumbar puncture (“spinal tap”) は、通常 L3/L4 レベルで行われるわけです。
またこの spine は真っ直ぐではなく、前後に「湾曲」curvature のある構造となっています。具体的には下記のように「前湾」lordosis と「後湾」kyphosis が交互に認められます。
• Cervical vertebrae: Lordosis
• Thoracic vertebrae: Kyphosis
• Lumbar vertebrae: Lordosis
• Sacral & coccygeal vertebrae: Kyphosis
「姿勢」posture について話をする場合、この thoracic kyphosis と lumbar lordosis が特に重要となります。前者の thoracic kyphosis が強くなった状態を round back や hunchback と表現します。日本では「ノートルダムの鐘」という邦題で知られているディズニー映画の英語名は、 “The Hunchback of Notre Dame” (原作の邦題は「ノートルダムのせむし男」)というものでした。また、後者の lumbar lordosisが強くなった状態は一般的には swayback と表現されます。そして 、spine に横の curvature が現れたものを「側湾」scoliosis と表現します。この lordosis, kyphosis, and scoliosis の3つはどれも医学生には必須の医学英語ですので、知らなかった方は是非覚えておいてくださいね。
「ぎっくり腰」って英語で何と言う?
ではここから low back pain の鑑別疾患を見ていきましょう。
学生さんに low back pain の原因を尋ねると、「椎間板ヘルニア」や「脊柱管狭窄症」といったものがすぐに鑑別疾患として挙がるのですが、これらは実際にはそれほど頻度が高くありません。文献にもよりますが、low back pain の原因のおよそ 90% は「筋肉の過剰な収縮」である muscle strain による non-specific low back pain と言われています。
この strain という単語には「酷使されて起こる外傷」というニュアンスがあるため、muscle strain は「肉離れ」(これは pulled muscle とも呼ばれます)という意味にもなります。そして「筋肉がつった」状態は muscle spasm と表現されるため、「ぎっくり腰」は英語では lower back spasms と表現されます。
non-specific low back pain の原因としては「重いものを持ち上げる」 lifting heavy objects や「悪い姿勢で座ること」 poor sitting posture の他にも、「(デスクワーク中心で)座ってばかりの生活習慣」sedentary lifestyle というものがあります。
この non-specific low back pain の改善には「背筋運動」back extension や「ピラティス」Pilates などの運動の他に「湿布」も有効です。この湿布は英語では pain relief/relieving patch の他、「サロンパス」Salonpas という商品名で表現されています。
感染症や悪性腫瘍を示唆する Red Flags とは?
このように、 low back pain の約90%が muscle strain による non-specific low back pain なのですが、残り 10% は「治療が必要な危険な腰痛」となります。この医学英語カフェでも繰り返しご紹介していますが、「危険な症状・所見・疾患」を英語では red flags と表現します。下記に代表的な low back pain の red flags を示します。
Red-Flag Low Back Pain
• Infection
• Malignancy
• Fracture
• Ankylosing Spondylitis
• Spondylolisthesis
• Spinal Stenosis
• Disc Herniation
• Aortic Abdominal Aneurysm Rupture
• Nephrolithiasis
• Pancreatitis
まずは「感染症」infection です。この infection を示唆するものとしては「発熱」fever/pyrexia や「感染症の既往」history of infection の他、「腰椎穿刺」lumbar puncture や「硬膜外麻酔」epidural anesthesia の既往も重要です。
次に「悪性腫瘍」malignancy に関する red flags ですが、これには「高齢」age > 50 years old や「意図しない体重減少」unintentional weight loss の他、「食欲不振」anorexia や「継続する腰痛」prolonged low back pain も抑えておきましょう。
また「骨折」fracture の原因としては「骨粗鬆症」osteoporosis による「圧迫骨折」compression fracture が最も一般的ですので、こちらも積極的に尋ねるようにしてくださいね。
覚えておきたい “spondylo-” で始まる医学英語
次に覚えておいていただきたいのが「強直性脊椎炎」ankylosing spondylitis と「脊椎すべり症」spondylolisthesis です。
おそらく読者の皆さんは「spondylo-… 何?」となっていることでしょう。この spondylo- を使う医学英語にはこれら2つ以外にもいくつかありますので、ここでしっかりと整理して覚えておきましょう。
まず spondylo– は「脊椎」vertebra/vertebrae を意味する「接頭辞」 prefix です。これに様々な「接尾辞」suffix がついて下記のような医学英語となります。
Spondylosis「脊椎症」: -osis = degeneration
Spondylitis「脊椎炎」: -itis = inflammation
Spondylolysis「脊椎分離症」: -lysis = loosening
Spondylolisthesis「脊椎すべり症」-olisthesis = slipping/sliding
「脊椎症」spondylosis(「スポンディロゥシィス」のように発音)は脊椎が加齢などで変性した状態を指します。
「脊椎炎」spondylitis(「スポンディラィティス」のように発音)は脊椎に炎症が生じた状態です。このうち「強直性脊椎炎」ankylosing spondylitis は、若年層に多い原因不明の疾患で、「慢性関節リウマチ」rheumatoid arthritis のように安静時に痛みが強くなります。進行すると椎骨と椎骨がくっついて「竹状の一本の骨」のように見える bamboo spine が生じます。
「脊椎分離症」spondylolysis(「スポンディロゥラィシィス」のように発音)は「関節間部」pars interarticularis が「疲労骨折」stress fracture で分離した状態を指します。そしてこの「関節間部の疲労骨折」を pars stress fracture とも表現します。
「脊椎すべり症 」spondylolisthesis(「スポンディロリィスィーシィス」のように発音)は spondylolysis などが原因で、脊椎がずれてしまう状態です。この -olisthesis は「腎結石症」nephrolithiasis(「ネフロリサィアシィス」や「ネフロリィシィエィシィス」のように発音)などで使われる -lithiasis と混同されやすいので注意してくださいね。
“pinched nerve” って何のこと?
腰痛の red flags の中でも、「脊椎すべり症」spondylolisthesis と「脊柱管狭窄症」spinal stenosis、そして皆さんお馴染みの「腰椎椎間板ヘルニア」lumbar disc herniation は、神経根を圧迫することで「神経根症候群」radiculopathy を引き起こします。
この radiculopathy は「神経根を圧迫する」ことから、一般的には “pinched nerve” とも呼ばれています。
そしてその独特の痛みは radicular pain とも呼ばれ、患者さんは下記のように表現します。
Radicular Pain
• sharp/burning/stabbing/shooting/shock-like pain
• pricking/tingling (pins and needles) sensation
この radiculopathy は生じる部位によって cervical radiculopathy/thoracic radiculopathy/lumbar radiculopathy/sacral radiculopathy と呼ばれますが、このうち lumbar & sacral radiculopathies の2つを「坐骨神経痛」sciatica と呼んでいます。
そしてこの「坐骨神経痛」sciatica では「神経性跛行(はこう)」neurological claudication も生じます。皆さんご存知の通り「跛行」claudication とは pain in the legs when walking and relieved by rest というものなのですが、「血管性跛行」vascular claudication とは異なり、neurological claudication には「前屈や座位といった姿勢の変化で楽になる」 relieved by bending forward/sitting down という特色もありますので注意してくださいね。
英語で「アソコ」は何と言う?
このように spondylolisthesis/spinal stenosis/lumbar disc herniation では radiculopathy を確認することが重要ですが、さらに重篤なものとして馬尾全体が圧迫される「馬尾症候群」cauda equina syndrome (CES) というものもあります。そしてこの CESには下記の3つの症状が現れます。
Cauda Equina Syndrome (CES)
• Saddle Anesthesia
• Urinary/Stool Retention
• Urinary/Stool Incontinence
saddle anesthesia とは「鞍部」saddle に乗る際に saddle に触れる部分の感覚がなくなることですが、この有無を患者さんに尋ねる際には “Do you have any numbness in the groin or down below?” のような表現を使います。この down below とは「外性器や肛門の部分」を意味する慣用表現で、日本語の「アソコ」に相当します。
また、urinary/stool retention/incontinence の有無を患者さんに尋ねる際には工夫が必要です。下記のような尋ね方だと患者さんに好感を持っていただけますので是非使ってみてください。
• Urinary/Stool Retention: “Sometimes people with back pain develop difficulty passing urine or opening their bowels. Has this happened to you?”
• Urinary/Stool Incontinence: “Sometimes people with back pain develop difficulty controlling their bladder or bowels, which can lead to unwanted leakage of urine or stools. Has this happened to you?”
英語で覚える Low Back Exam
最後に low back pain を訴える患者さんに対する「身体診察」physical examination について見ていきましょう。
Stanford University で作成している Stanford Medicine 25 という身体診察を学ぶためのこちらのサイトに、 Low Back Exam について詳細な説明が載っています。その中にあるこちらの動画が非常に役に立ちますので、是非視聴してください。
ここではこの Stanford Medicine 25 で紹介されている Low Back Exam の要点を解説していきます。
最初に行うのが「視診」inspection です。
そしてここで注意すべきなのが、前述した hunchback と swayback に繋がる exaggerated thoracic kyphosis と exaggerated lumbar lordosis です。また scoliosis も low back pain に繋がりますので注意して観察しましょう。
次に行うのが「触診」 palpation です。
「脊椎の圧痛」spinal tenderness は「椎骨の異常」vertebral problem を示唆し、「傍脊椎の圧痛」 paraspinal tenderness は「傍脊柱筋の過剰な収縮」 paraspinal muscle strain を示唆します。
そしてここから sciatica を積極的に探していきます。
この sciatica の好発部位は L4, L5, and S1 です。
「腰椎椎間板ヘルニア」lumbar disc herniation の好発部位は L4/L5 と L5/S1 ですが、そのヘルニアが「傍正中型」paracentral であればそれぞれ下位の L5 と S1が、「外側型」lateral であればそれぞれ上位の L4 と L5 に radiculopathy が現れます。この lateral herniation に比べて paracentral herniation の方が頻度が高いため、初学者は「L4/L5 のヘルニアでは L5が、L5/S1のヘルニアでは S1 が障害される」と覚えておいても問題は少ないでしょう。
まずはこれらの sciatica を誘発する provocative tests を行なっていきます。
皆さんもよく知っている straight leg test はL4/L5 の sciatica を誘発します。また L4/L5 の sciatica がある患者さんの脚を座位で引き上げると、その痛みをかばうために両手を後につきますが、これを tripod sign と呼びます。これは呼吸困難の患者さんが両手を膝につく tripod posture と混同されやすいので注意してくださいね。
そして最後に「神経学的診察」neurological exam を行います。
最初の neurological exam は motor exam です。
「膝の伸展」knee extension は L4、「足首の背屈」dorsiflexion はL5、そして「足首の底屈」plantarflexion は S1 で支配されています。また dorsiflexion は「つま先を浮かせて踵で歩く」 heel walking で、そして plantarflexion は「つま先立ちで歩く」tip-toe walking でも確認できます。
2番目の neurological exam は sensory exam です。
これも「足」foot に注目して L4, L5, and S1 の支配領域を覚えておきましょう。具体的には「足の内側」medial foot は L4、「足の背側」dorsal foot は L5、そして「足の外側」lateral foot は S1 と覚えておくと良いでしょう。
そして最後の neurological exam が、「深部腱反射」 deep tendon reflexes を確認する reflex exam です。
これも、「膝蓋腱反射」patellar tendon reflex が L4、「内側ハムストリング腱反射」medial hamstring reflex が L5、そして「アキレス腱反射」Achilles tendon reflex が S1 ということを覚えておきましょう。この覚え方として個人的には「『しつがいけん』だからL4」と「アキレス腱は数字の1に見えるから S1」というものをお勧めします。この覚え方が使えると感じた方は是非これで覚えてみてください。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に今回ご紹介した「腰痛の鑑別疾患」と「腰痛に対する身体診察」をもう一度まとめておきます。
Approach to Back Pain
• 90%: Non-Specific Low Back Pain
• 10%: Red-Flag Low Back Pain
o Infection
o Malignancy
o Fracture
o Ankylosing Spondylitis
o Spondylolisthesis
o Spinal Stenosis
o Disc Herniation
o Aortic Abdominal Aneurysm Rupture
o Nephrolithiasis
o Pancreatitis
Low Back Exam
1. Inspection
• Exaggerated Thoracic Kyphosis
• Exaggerated Lumbar Lordosis
• Scoliosis
2. Palpation
• Spinal Tenderness → Vertebral Problem
• Paraspinal Tenderness → Paraspinal Muscle Strain
3. Provocative Tests
• Femoral Straight Test → L2-4
• Straight Leg Test → L4/L5
• Tripod Sign → L4/L5
4. Neurological Exam
• Motor Exam
o Knee Extension → L4
o Dorsiflexion: “Heel Walking” → L5
o Plantarflexion: “Tip-Toe Walking” → S1
• Sensory Exam
o Medial Foot → L4
o Dorsal Foot → L5
o Lateral Foot → S1
• Reflex Exam
o Patellar Tendon Reflex → L4
o Medial Hamstring Reflex → L5
o Achilles Tendon Reflex → S1
では、またのご来店をお待ちしております。
「Dr. 押味の医学英語カフェ」では皆さんから扱って欲しいトピックを募集いたします。こちらのリンクからこのカフェで扱って欲しいと思う医学英語のトピックをご自由に記載ください。
国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之