こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「咳と痰に関する英語表現」です。
コロナ禍では特に重要度が高まった「咳」と「痰」という症状ですが、その鑑別疾患は多岐に渡ります。また近年では abusing cough medicine が米国の若者の間で大きな問題となっており、医師や医学生としては robo-tripping や skittling のような慣用表現も正しく理解する必要があります。
そこで今月は、「咳と痰に関する英語表現」をご紹介したいと思います。
“Cough it up!” ってどんな意味?
「咳」の医学用語は「咳嗽(がいそう)」ですが、英語では一般的にも医学的にも cough と呼ばれます。そして皆さんご存知の通り、この cough は名詞だけでなく、動詞としても “I’ve been coughing quite a bit lately.” のように使われます。
これに対して「痰」に関しては日本語では一般用語と医学用語の区別はありませんが、英語では一般的には phlegm が使われ、医学的な場面では sputum という表現が使われます。
ここで気をつけていただきたいのが「痰が出る」という表現です。痰は咳と共に排出されるので、cough up phlegm という表現が使われます。ですから患者さんに「痰は出ますか?」と尋ねる際には “Do you have phlegm?” ではなく、 “Do you cough up phlegm?” という表現を使うのです。
ただこの cough up には「抵抗しながら渡す」というイメージもあり、「借りているお金を払う」や「無理強いされて情報を提供する」という意味でも使われます。日本語では刑事が容疑者を尋問する場面で「いい加減、吐いたらどうだ?」のように「吐く」という表現を使いますが、英語ではこれを “We need you to cough up the details.” のように cough up を使って表現します。ですから強い口調で “Cough it up!” のように言われたら、それは「咳き込んでください」ではなく、「金返せ!」や「白状しろ!」という意味になりますので注意してくださいね。
「咳き込む」は英語で何と言う?
次に「咳き込む」の英語表現を見ていきましょう。
「激しく咳をする」というイメージで cough hard のように表現する他、have a coughing fit 「咳の発作が起こる」という表現もよく使われます。また「嵐のような咳が出る」というイメージで cough a storm という表現も使われます。
この他、興味深い表現としては cough up a lung というものがあります。これは「肺が口から出てくるくらい激しく咳き込む」というイメージの表現です。そしてこれと似た表現として cough one’s head off 「首が取れるほど激しく咳き込む」というものもあります。
3カ月くらい咳が続く「百日咳」の医学英語は pertussis(「パタシィス」のような発音)ですが、一般的には whooping cough と呼ばれます。激しく咳き込んでいる間は息を吸うことができず、咳と咳の合間に音を立てて大きく息を吸い込む必要があります。この「音を立てて大きく息を吸い込む」ことを英語では whoop と言います。つまり whooping cough とは、「音を立てて大きく息を吸い込むことが必要なくらい激しい咳」という意味になるのです。
“lung cookies” って何?
では次に「痰」に関する英語表現を見ていきましょう。
「痰を伴う咳」cough with sputum を医学的には「湿性咳嗽」と言いますが、英語ではこれを productive cough や wet cough と表現します。
「痰を伴わない咳」cough without sputum を医学的には「乾性咳嗽」と言いますが、英語ではこれを non-productive cough や dry cough と表現します。
この「痰」phlegm/sputum を排出することを、一般的には cough up phlegm の他に clear the chest/throat と表現しますが、医学的には「喀痰する」 expectorate と表現します。これは「外」を表す ex– と「胸部」を表す pector– を組み合わせた「胸から出す」というイメージの単語です。
またあまり特異度は高くありませんが、診断においては痰の「色」も有用な情報です。「細菌性肺炎」bacterial pneumonia の起因菌として最も多い「肺炎球菌」streptococcus pneumoniae の場合、痰の色は「鉄錆色」rusty となることが多いと知られています。
そして患者さんが red/pink/brown などで痰の色を表現する場合、それは「血痰・喀血」hemoptysis の場合があるので注意が必要です。というのもこの hemoptysis の原因としては「気管支拡張症」bronchiectasis の他にも、「肺癌」lung cancer,「結核」tuberculosis,「肺塞栓症」pulmonary embolism などの life-threatening conditions があるからです。ただ tuberculosis では hemoptysis を伴うことは実際には少ないため、むしろ「悪性リンパ腫」malignant lymphoma の「B症状」B symptoms として知られる fever, unintentional weight loss, and drenching night sweats の3つの症状の方が tuberculosis を疑わせる症状としては重要かもしれません。特にこの drenching night sweats はパジャマやシーツを取り替える必要がある程の寝汗であり、日本語では「盗汗」と呼ばれています。
また痰の性状の表現には想像力豊かなものも多く、「ドロっとしたクッキーのような痰」として lung cookies という表現が、そして「ベトッとした気持ち悪い痰」として gunk という表現があります。どちらも「細菌性肺炎」bacterial pneumonia を疑わせる症状として覚えておきましょう。
UACS って何の病気?
ではここから cough の鑑別疾患を考えていきましょう。
皆さんが受けている「臨床推論」clinical reasoning skills の授業では、咳が続く期間から下記の3つに分類して、それぞれで頻度の高い疾患を考えていくという指導もあると思います。
Acute cough: < 3 weeks
Sub-acute cough: 3-8 weeks
Chronic cough: > 8 weeks
もちろんこれはとても良い方法であり、日常的に cough & sputum の患者さんを診療している医師にとってはとても有効な考え方だと思います。
ただ cough & sputum を日常的に診療していない医学生や研修医にとっては、この acute, sub-acute, and chronic cough におけるそれぞれの鑑別疾患を思い出すことそのものが難しいと考えられます。
そこで個人的にお薦めするのが、acute, sub-acute, and chronic という区分はとりあえず考えず、下記のように部位に分けて鑑別疾患を思い出すという方法です。
Approach to Cough
• Upper Airway: URTI, Post-Infection Cough, and UACS
• Pulmonary: Bronchitis, Pneumonia, Asthma, Cough-Variant Asthma, COPD,
Bronchiectasis, Pneumoconiosis, and Pulmonary-Renal Syndrome
• Gastrointestinal: GERD
• Miscellaneous: ACE inhibitors, Heart Failure, and Somatic Cough Syndrome
では1つずつ見ていきましょう。
Upper Airway とは nasal cavities, pharynx, and larynx を含む「上気道」のことです。
ここではまず、 common cold「感冒・かぜ症候群」でもある upper respiratory tract infection (URTI)「上気道炎」が重要となります。そしてこの URTIの後3週間以上咳が続く場合、 post-infection cough「感染後咳嗽(かぜ症候群後咳嗽)」を考えましょう。
この他にも、 sinusitis「副鼻腔炎」や allergic rhinitis「アレルギー性鼻炎」によって引き起こされる post-nasal drip (PND)「後鼻漏」も重要です。ただこの PND は今では upper airway cough syndrome (UACS) とも呼ばれていますので、こちらの名称も覚えておきましょう。
次に最も鑑別疾患の多い Pulmonary です。ここでは trachea, bronchi, bronchioles, and alveoli という lower airway「下気道」の他、interstitial tissues「間質」も含めた肺全体を考えます。
ここではまず bronchitis「気管支炎」や pneumonia「肺炎」などの感染症を考えましょう。この pneumonia には肺胞が炎症を起こす typical pneumonia「定型肺炎」と間質が炎症を起こす atypical/interstitial pneumonia「非定型・間質性肺炎」の他、community-acquired pneumonia (CAP)「市中肺炎」と hospital-acquired pneumonia (HAP)「院内肺炎」という区分があります。
閉塞性肺疾患である asthma「喘息」と chronic obstructive pulmonary disease (COPD)「慢性閉塞性肺疾患」もこの pulmonary における重要な鑑別疾患です。
「変異体」のことを英語では variant と呼びます。通常の angina pectoris「狭心症」とは異なり、構造的な問題を持たずに機能的な問題を持つ狭心症を「異型狭心症」と呼びますが、英語ではこれを variant angina pectoris と呼びます。同じように「咳が症状の主体となる喘息の変異体」を英語では cough-variant asthma と呼び、日本語では「咳喘息」と呼んでいます。
医療面接で social history「社会歴」が特に重要となるのが pneumoconiosis「塵肺(じんぱい)」です。代表的な pneumoconiosis としては asbestosis「石綿肺」や silicosis「珪肺」などがありますが、asbestosis では insulation「断熱材」や shipbuilding「造船」に従事する occupation が、そして silicosis では mining「採掘」や sandblasting/stonecutting「砂吹き・石切」などに従事する occupation が診断において重要となります。そして “Asbestosis is from the roof, but affects the base. Silica is from the base, but affects the roof.” 「石綿の物質は天井から生じるが肺底部に病変が生じ、珪肺の物質は床から生じるが肺上部に病変が現れる」という知識も役にたつので覚えておきましょう。
臨床推論における咳の症例としてよく扱われるのが、 pulmonary-renal syndrome「肺腎症候群」です。Cough/Hemoptysis + Hematuria(血尿)としては Goodpasture syndrome「グッドパスチャー症候群」 を、そして Cough/Hemoptysis + Hematuria + Sinusitis としては Wegener Granulomatosis「ウェゲナー肉芽種」を思い出せるようにしておきましょう。
そして Gastrointestinal (GI) として gastroesophageal reflux disease (GERD)「逆流性食道炎」も忘れないようにしましょう。またこの GERD は英国では gastro-oesophageal reflux disease というスペルになるため、その略語は GORD となるのでご注意を。
最後の Miscellaneous とは「その他」という意味です。
この中で頻度が高いものとしては、 angiotensin-converting enzyme (ACE) inhibitors「ACE阻害剤」による dry cough「空咳」が挙げられます。また heart failure「心不全」では cough の他にも orthopnea「起坐呼吸」が生じます。
そして忘れてはいけないのが somatic cough syndrome「心因性咳嗽」です。これは「心理的要因により発作性あるいは持続的に続く乾性咳嗽」のことなのですが、英語名の somatic cough syndrome を知らない方が多いので、これを機会に別名の tick cough と一緒に覚えておきましょう。
robo-tripping や skittling って何のこと?
最後に近年米国の若者の間で大きな問題となっている abusing cough medicine に関する英語表現を見ていきましょう。
「咳止めの薬」は一般的に cough medicine と呼ばれますが、液体状のものは cough syrup と呼ばれます。そしてこの成分である dextromethorphan は過剰摂取することで opioid 系の鎮痛剤と同じように tipsy「ほろ酔い」 → high「ハイ」 → stoned「朦朧とした状態」といった症状が起こります。 over-the-counter drug「市販薬」である cough syrup を大量に摂取することで手軽に high になれるということから米国の若者の間にこの abusing cough medicine が蔓延し、今では大きな社会問題となっているのです。
この dextromethorphan の略語が DXM ですので、これを含む cough syrup の過剰摂取は DXM と呼ばれる他、その商品名である Robitussin を使って trip するという意味で robo-tripping とも呼ばれています。またこの cough syrup は紫色をしていることが多いため、これを sprite などの炭酸飲料と混ぜたものを purple drank や dirty sprite とも表現します。
また錠剤としての cough medicine としては Coricidin Cough & Cold が有名で、これを過剰摂取することをその頭文字を取って Triple C と呼びます。またこの錠剤は米国の有名なキャンディである Skittles と似ていることから、その過剰摂取は skittling とも呼ばれています。
いずれにしてもこの abusing cough medicine は様々な症状を引き起こし、場合によっては死に至る他、若者が他のより有害な薬物に手を出すという gateway to other drugs にもなるために大きな関心を集めているのです。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に cough の代表的な鑑別疾患をもう一度復習しておきましょう。
Approach to Cough
• Upper Airway: URTI, Post-Infection Cough, and UACS
• Pulmonary: Bronchitis, Pneumonia, Asthma, Cough-Variant Asthma, COPD,
Bronchiectasis, Pneumoconiosis, and Pulmonary-Renal Syndrome
• Gastrointestinal: GERD
• Miscellaneous: ACE inhibitors, Heart Failure, and Somatic Cough Syndrome
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之