こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「医師の名称に関する英語表現」。
皆さんは医学部を卒業して医師になった後、自分の「学位」にどのような英語表現を使うか考えてみたことはありますか?多くの方が Takayuki Oshimi MD のように Medical Doctor を意味する MD を使うことに何の疑問ももたれないと思いますが、医師の学位にはこの MD 以外にもいくつかの英語表現が使われるのです。
そこで本日は医師の名称に関連する英語表現をご紹介します。
MD/DO/MBBS/MBChB… 色々ある医師の学位表現
「医師」に与えられる学位の英語表現として、日本では Medical Doctor (MD) が一般的ですが、これは医学教育制度が異なる米国での学位をそのまま転用した表現です。米国では医師になるためには4年間大学で勉強して「学士号」 Bachelor を取得した後、Medical School と呼ばれる大学院(米国ではMedical School に加えて Business School と Law School の3つの大学院を Professional School と呼びます)で4年間の医学教育を受けてこの MD という学位を取得します。これに対して日本では、学士としての医学教育を受けて医師になるわけですから、本来与えられるのは「医学学士」という学位であるはずです。したがって本来であれば日本の医師には Bachelor of Medicine という学位を使うべきなのですが、米国の影響が強いこの国では「Bachelor of Medicine だとアメリカ人にわかってもらえないので、アメリカ人と同じように Medical Doctor (MD) を使おうぜ!」という「慣例」で MD という肩書き(学位)が幅広く使われているのです。
しかし日本と同じように「学士教育」として医学教育が行われている英国では表現が異なります。英国では医学部を卒業すると Bachelor of Medicine, Bachelor of Surgery を意味する MBBS という学位が与えられます。このMBBSは卒業する大学によってその表記が BMBS や MBChB のように変わりますが、どれも MBBS と全く同じ「内科学学士および外科学学士」という意味なのです。
また米国では、上記の MD だけでなく、Doctor of Osteopathic Medicine の略語であるDO という学位も使われます。この DO という学位を与える大学は、以前は Osteopathic Medicine (Osteopathy) という「整骨医学(骨格や姿勢を矯正することで病気を治療する学問)」を扱っていたのですが、現在では通常の Medical School と全く同じ内容の医学教育を行っているため、DO という学位は MD と全く同じ内容の学位として認知されています。
このように医師に与えられる学位表現は国によって様々です。日本人の医師が英語で MD という学位表現を使うことに問題はありませんが、この MD という英語表現が必ずしも一般的ではないということは忘れないでくださいね。
physician って「医師」という意味で使っていいの?
そもそも「医師」は英語で何というのでしょう?皆さんの多くは doctor や physician を同じように「医師」として使っていると思います。確かに米国ではこの2つは厳密に区別されることなく、どちらも「医師」として使われているのですが、英国では少し事情が異なります。英国では医師は「内科医」を表す physician 、「外科医」を表す surgeon 、と区別して表現されるのです。英語の surgeryには元々「手で行う作業」という意味があります。したがって「外科医」を表す surgeon は本来「手で作業をする人」という意味になり、その昔、歯を抜いたり、傷ついた手足を切断したり、瀉血をしたり、髪を切ったり髭を剃ったりする「床屋」を表す barber surgeonとして使われていました。その後、人間の身体の中でどのようなことが起こっているかを診断し、患者に寄り添う「癒す人」が physician と呼ばれるようになり、これが現在の「内科医」の語源となっています。現在では surgeon も physician も「医師」として同じ医学教育を受けており、米国ではどちらも Dr. (surname/姓) と呼ばれますが、英国では「内科医」にはDr. (surname/姓) を使い、「外科医」には Mr./Ms. (surname/姓) を使って区別しています。
このように英語で医師の名前を表記する際には Dr. Oshimi のように、姓の前に Dr. や Mr./Ms. を置くのが大原則です。日本の医療現場では「押味Dr.」のような表現がよく使われていますが、そのような表現は “Dr. Oshimi” か「押味医師」のようにするのが望ましいといえます。ちなみに doctor の語源は「教える」を意味するラテン語の docereです。つまり我々が医師として doctor と名乗る以上、臨床や研究だけでなく、定義上、教育も医師の重要な使命となっていることを忘れないでください。
「指導医」は oben でいいの?
米国では「研修医」residentとしての研修を終えた後、chief resident を経験してから fellow としてさらに研修を積みます。その後「指導医」になるわけですが、米国ではこの「指導医」を「患者に寄り添う担当医」を意味する attending doctor と表現します。ただし実際に患者に寄り添うのは「(病棟業務を担う)医学生」student doctor や「研修医」 resident であり、attending doctor はチームへの指導と他科へのコンサルティングが主な業務となります。したがって英国の「指導医」は実際の業務内容に沿ってそのまま consultant と呼ばれています。また日本でよく使われている「オーベン」 oben は英語の above を意味するドイツ語ですから、英語としては全く通じませんのでご注意を。
最近よく聞く hospitalist って何?
日本では「紹介状」 referral なしで専門医を直接受診することも可能すが、英語圏ではまず primary care doctor を受診する必要があります。この primary care doctor は米国では family doctor と、そして英国や豪州などでは general practitioner (GP) と呼ばれ、それぞれの国や地域の医療保険の窓口となる gatekeeper として clinic や officeと呼ばれる「診療所」で勤務しています。これに対して入院機関である hospital で専門の診療に従事する「専門医」は米国では specialist、英国では specialty registrar と呼ばれています。
米国では「入院患者の診療を専門とする内科の専門医」として hospitalist という概念が生まれ、近年日本でも注目されていますが、英国ではこの表現は一般的ではありません。英国では入院患者の急性期治療を担当する内科医として acute medicine physician が acute medicine unit (AMU) という部署で勤務しているからです。
よく日本語の「かかりつけ医」をどのように英語で表現したら良いのか質問をされるのですが、上述のように日本では「皮膚科医」 dermatologist/skin doctor や「産婦人科医」 OB/GYN であっても「かかりつけ医」となり得るため、単純に my/your doctor のように表現して問題ないと思います。
英語の “brain surgery” にはどんな意味があるの?
次に代表的な専門医の名称を見ていきましょう。「内科」 internal medicine の専門医としての「消化器内科医」gastoroenterologist や「循環器内科医」cardiologist の発音は簡単ですが、「呼吸器内科医」のpulmonologist は「パルモノロジィスト」のようになりますのでご注意を。日本語の「脳神経内科医」と「脳神経外科医」にはどちらも「脳」という表現が使われますが、英語では「脳」という表現は使われず、それぞれneurologist 「神経内科医」と neurosurgeon 「神経外科医」という表現が使われます。このneurosurgeon は一般的には brain surgeon とも呼ばれます。英語では難しいものの例えとして rocket science という表現が使われますが、脳神経外科(手術)を意味する brain surgery もこれと全く同じ意味で “It’s not brain surgery.” 「そんな難しいことじゃないよ」のように使われます。また一見するだけではわかりづらい ID specialist という表現ですが、infectious disease specialist の略語だと知れば「感染症専門医」であることがすぐにわかると思います。
気をつけたい「消化器外科医」と「呼吸器外科医」の英語表現
次に外科の専門医の英語表現ですが、日本語の「消化器外科医」や「呼吸器外科医」などの英語表現には少し注意が必要です。
英語圏では外科医になるためには最初に general surgeon としての研修が必要となります。ここでは基本的な外科手技を学ぶと共に、消化器外科医としての手技も学びます。ですから英語の general surgeon には日本語の「消化器外科医」と近いイメージがあるのです。もちろんそこからさらに専門のトレーニングを受けると colorectal surgeon や hepato-pancreato-biliary (HPB) surgeon のような肩書を持つに至るのですが、日本の消化器外科医が研修医としての研修を終了した後すぐに消化器外科の研修を行って、 digestive/gastrointestinal (GI) surgeon と名乗る背景とは異なると理解してください。
英語圏で横隔膜 diaphragm より上の臓器の手術をする場合、general surgeon としての研修を積んだ後、さらに thoracic surgeon 「胸部外科医」としての研修が必要になります。さらに心臓や大道脈の手術をする場合にはそこから cardiovascular surgeon 「心臓血管外科医」としての研修が必要になります。したがって肺や食道の手術は thoracic surgeon が執刀することが一般的になるのです。日本の「消化器外科医」や「呼吸器外科医」 が自分のことを digestive/GI surgeon や respiratory surgeon と表現することに何ら問題はありませんが、英語圏で digestive surgeon や respiratory surgeon と呼ばれる医師が少ないのにはそういう背景があるのです。
couch doctor って何科の医者?
「眼科医」は ophthalmologist ですが、一般の方には単純に eye doctor とも呼ばれます。「耳鼻咽喉科医」にも otorhinolaryngologist という難しい表現があります。oto- は「耳」、 rhino- は「鼻」、そして larynx は「喉頭」 を意味するわけですが、 otorhinolaryngologist のような難しい表現は一般の方にはほとんど使われず、ears, nose, and throat の頭文字を使った ENT doctor という表現が使われています。日本の医療現場で ENT とは「エント」と発音され、「退院」を意味するドイツ語の entlassen の略語として使われていますが、英語圏の医療現場では「イー・エヌ・ティー」と発音され、「耳鼻咽喉科」の意味にしかなりませんのでご注意を。
英語圏では精神科の患者さんは椅子ではなくベッドのようなcouchに横たわって診療を受けることが一般的です。したがって「精神科医」 psychiatrist は couch doctor とも呼ばれます。他にも精神科医には shrink や head shrinker という俗名もあります。これは「精神科患者の大きくなった妄想を縮める人」というイメージを持つ、かなり「品の悪い」表現ですので、皆さんは絶対に使わないようにしてください。ちなみに「精神科」を表すpsychiatryは「サィカィエトリィ」、「精神科医」のpsychiatristは「サィカィエトリィスト」、そして「精神科の」を表す psychiatricは「サィキァトリィ」のような発音になりますのでご注意を。
さてそろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日ご紹介したポイントをまとめておきます。
• 日本人医師は米国人医師と同様、 Takayuki Oshimi MD のように MDを使うのが一般的です。
• 米国では Takayuki Oshimi DO のような学位もありますが、これはMD と同じ内容の学位です。
• 英国では Takayuki Oshimi MBBS (これ以外にも BMBS や MBChB などもある)のように表記されます。
• 英国では「内科医」physician は Dr. Oshimi と呼び、「外科医」 surgeon は Mr. Oshimi と呼びます。米国では区別せずにどちらも Dr. Oshimi と呼びます。
• 専門医の英語表現は国によって異なる場合もあるので注意が必要です。
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之