こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「振戦に関する英語表現」。
英語圏では医学生や研修医の間で “neurophobia” 「神経(学)嫌い」という俗語が使われています。こんな俗語が生まれるくらいに「脳神経内科」 neurology を苦手とする医学生や研修医が多い理由としては、神経の解剖 anatomy や生理 physiologyが複雑なことに加え、その用語の難解さも考えられます。
そんな neurophobia を緩和するべく、今回は「振戦」 tremor の診察をテーマに、この neurology で使われる様々な英語表現をご紹介致します。
それって本当に「振戦」?確認しておきたい不随意運動の英語
日本人の患者さんが身体の一部が「震える」ことを「振戦」とは表現しないように、英語圏の患者さんも「振戦」を意味する tremor を使わずに、 “I have a shaking in my right hand.” のように shaking という一般英語を使います。この振戦に対する history taking では、患者が言う shaking が本当に tremor であるのかを確認するところから始めます。具体的にはこちらで紹介している history of present illness 「現病歴」を尋ねる英語表現を使って shaking の詳細を尋ねていきます。
「振戦」tremor の定義は “to-and-fro rhythmic muscle movements” です。このポイントはto-and-fro「行ったり来たり」というように振幅を持った動きであり、かつ rhythmic 「規則的」であることです。患者さん自身が shaking と表現する一方、第三者からは fidgeting 「そわそわしている」という形容詞で表現されることもあります。
この tremor 以外にも「不随意運動」 involuntary movements には様々なものがあります。その中でも「最も動きが速い」 most explosive と言えるのがmyoclonus です。これは “arrhythmic shock-like jerks” の定義が示すように、 arrhythmic 「不規則的」であることが tremor との違いの一つです。不随意に突然起こる explosive な動きのことを一般英語で jerk と言い、 deep tendon reflexes 「深部腱反射」での反射運動を表す際にも使われます。ちなみに一般の方にも馴染みがある「しゃっくり・吃逆」 hiccup もこのmyoclonus の一種です。
肝硬変 liver cirrhosis の肝性脳症 hepatic encephalopathy で認められる asterixis は flapping tremor 「羽ばたき振戦」と呼ばれますが、実際の asterixis は “sudden, transient, repetitive loss of muscle tone when holding a posture” の定義が示すように、「手を水平に保持した際に筋緊張が低下して繰り返し指先が落ちる動き」となります。ですから英語では asterixis のことを negative myoclonus とも表現するのです。いずれにしても asterixis の flapping tremor という名称は「通称」であり、asterixis 自体は 「定義上 tremor ではない」ということを確認しておきましょう。
日本語にもなっている tic ですが、myoclonus とは「一時的に抑制が効く」 temporarily suppressibleという点で異なります。若い人に motor tics & vocalizationsを引き起こす Tourette Syndrome 「トゥレット症候群・汚言症」は日本では一般の方にはほとんど知られていませんが、英語圏では一般の方にもかなり知られている疾患名です。
“flinging movements of the proximal limb muscles” であるballismus は myoclonus に次いで動きの速い不随意運動と言えます。fling とは「(勢いを持って)投げる」という意味の動詞で、片側の上下肢に現れる ballismus はhemiballismus と呼ばれます。
日本の医学部ではダンスをする学生さんが増えていて、その振り付けをする人を choreographer と呼ぶことも定着してきていますね。ここでも使われている chorea は「踊り」を意味して、発音は隣国 Korea と同じです。不随意運動の一種である「舞踏症」としてもこの言葉は使われていて、その場合は “dance-like involuntary movements often approximating a purpose” と定義されます。 ちなみにapproximating a purpose とは「目的を持った行動に似ている」という意味で、 chorea が一見すると随意運動のように見えることを意味しています。
振戦と比較するとかなり「おそい」動きとして athetosis があります。これは “writhing, twisting, and snake-like slow movements” と定義されます。この writheは「身悶えする」という意味の動詞です。athetosis とは元々「しっかりと固定できない」という意味ですので、「ゆっくりと捻りながら動く不随意運動」として使われています。
「筋緊張 である tone が異常に亢進している状態」というのが dystonia の語義です。頸部に現れる cervical dystonia の一種である「斜頸」 torticollis は、 twisted neck や wry neck といった表現で一般の人には呼ばれています。この wry は「ゥラァィ」のような発音で「よじれる」を意味し、 wry face 「しかめっ面」のように使われます。
「痙攣」を英語にするとなると convulsion となりますが、筋束のレベルに生じる不随意運動の一種として fasciculation というものもあります。これは 「ピクピク」とした筋肉の痙攣であり、一般的には muscle twitch と呼ばれています。この fasciculation は下位運動ニューロン障害において重要なチェック項目となりますが、そこでは spastic paresis や flaccid paralysis などの用語も出てきます。よく学生さんから聞かれるのが palsy/paresis/paralysis という3つの用語の違いです。簡単に言うと palsyは「麻痺を引き起こす疾患・病態」、paresisは「一部もしくは軽度の麻痺」、paralysisは「完全な麻痺」というイメージになります。一般英語で numbness というものがありますが、これは「運動」ではなく「感覚」の問題ですので、医学英語では anesthesia 「無感覚」となりますのでご注意を。
「姿勢時振戦」「安静時振戦」「企図振戦」の鑑別に役立つ英語表現
患者さんが言う shaking が tremor であると確認したら、次に tremor に関する “red flags” を確認します。英語での red flags 「赤い旗」というのは「危険な症状・所見・疾患」という意味です。振戦のred flag として忘れてはいけないのが stroke 「脳卒中」です。この stroke は「脳出血」 hemorrhagic stroke と「脳梗塞」 ischemic stroke に分類されますが、前者の代表格「クモ膜下出血」subarachnoid hemorrhage の略語である SAH の発音は「ザー」ではなく、「エス・エー・エイチ」のようになりますのでご注意を。また日本ではこの SAH による痛みを「バットで殴られたような」のように形容することがありますが、英語では thunderclap 「雷で打たれたような」のように形容することが一般的です。
この stroke の他、 intoxication 「中毒」や hypoglycemia 「低血糖」に代表される metabolic conditions などの red flags を除外したら、患者さんの tremor がどのタイプの tremor なのかを確認していきます。具体的には “When do you have the shaking?” と尋ねて、それが postural tremor 「姿勢時振戦」なのか、 resting tremor 「安静時振戦」なのか、それとも intention/action/kinetic tremor 「企図・運動時振戦」なのかを確認します。具体的には以下のような質問をします。
• Postural tremor: “Do you have the shaking when your hands are outstretched?”
• Resting tremor: “Do you have the shaking when you are sitting and relaxed?”
• Action tremor: “Do you have the shaking when you are doing a specific task, such as writing or holding a cup?”
「寡動」ってどうやって診察するの?振戦の身体診察で役立つ英語表現
実際には患者さんの振戦がどの種類なのか判断するには history taking よりも、次に行う physical exam で確認することが一般的です。その際には下記のような指示をするといいでしょう。
• Postural tremor: “Please extend your arms and fingers and hold them.”
• Resting tremor: “Please place your hands on the knees with your palms facing up.”
• Action tremor: “Take your index finger and touch your nose. Touch my finger, then your nose. Back and forth.”
特に action tremor では上記のように finger-to-nose test を行うのですが、ここでは小脳機能を確認するのが目的ではなく、運動時に振戦が出るかどうかを確認することが目的ですので、医師は自分の指を動かさないようにします。
もし振戦が Parkinson’s disease 「パーキンソン病」が原因であると考えるならば、他にも bradykinesia 「寡動」、rigidity 「固縮」、そして postural instability 「姿勢反射障害」なども確認します。特に bradykinesia では患者さんの動きを黙って観察するのではなく、 rapid alternating movements をしてもらう必要があります。手の寡動において最も感度が高いのが finger-tapping maneuver という「人差し指と親指を出来るだけつけたり離したりを出来るだけ大きく、かつ早く繰り返す動作」です。下記にそれぞれの身体診察での指示をまとめておきます。
• Bradykinesia (finger-tapping maneuver): “Please tap your thumb and index finger as big as you can, and as fast as you can. Please try the other hand. As big as you can, and as fast as you can. Very good. Now you can relax.”
• Rigidity: “I will move your arm. Please keep your arm as floppy as possible.”
• Postural instability: “I’m going to give you a tug backwards on your shoulders and what I want you to do is to take one or two steps back to catch your balance. I’m right behind you, and I won’t let you fall.”
rigidity での floppy は「ぐんにゃりした」という意味で、患者さんをリラックスさせる際には役に立つ形容詞です。また postural instability の pull test で使う tug は「強く引っ張る」という意味の名詞です。
さてそろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日ご紹介した「振戦」に関する英語表現をまとめておきます。
Involuntary Movements 「不随意運動」
• tremor: rhythmic “to-and-fro” muscle movements
• myoclonus: arrhythmic shock-like jerks commonly triggered by a stimulus
• asterixis: sudden, transient, and repetitive loss of muscle tone
• tic: sudden and brief movements preceded by a strong urge
• ballismus: flinging movements of the proximal limb muscles
• chorea: dance-like involuntary movements often approximating a purpose
• athetosis: writhing, twisting, and snake-like slow movements
• dystonia: sustained or repetitious muscular contractions
• fasciculation: involuntary contractions of groups of muscle fibers
Tremor を鑑別するための質問
• Postural tremor: “Do you have the shaking when your hands are outstretched?”
• Resting tremor: “Do you have the shaking when you are sitting and relaxed?”
• Action tremor: “Do you have the shaking when you are doing a specific task, such as writing or holding a cup?”
Tremor を鑑別するための身体診察での指示
• Postural tremor: “Please extend your arms and fingers and hold them.”
• Resting tremor: “Please place your hands on the knees with your palms facing up.”
• Action tremor: “Take your index finger and touch your nose. Touch my finger, then your nose. Back and forth.”
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之