こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「腹痛に関する英語表現」。
「医学教育モデル・コア・カリキュラム」にある37の症候の中でも「腹痛」は鑑別疾患も多く、OSCEでも取り扱われる頻度が高い重要な症状と言えます。しかし英語で医療面接をする際には意外と知らない表現もあり注意が必要です。
そこで今月はこの「腹痛」に関する様々な臨床英語表現をご紹介しましょう。
hypochondriac region ってどこ?
「腹痛」は医学的には abdominal painという英語で表現されますが、一般の方には stomachache/stomach ache や bellyache と表現されます。また “My belly/tummy hurts.” のように動詞を使って表現される場合もあります。「お腹」の英語表現にも abdomen/stomach/belly/tummy など色々なものがあります。よく「belly や tummy は子どもが使う表現で、大人は使わない」という意見を聞きますが、会話では医療者も大人の患者も普通に使う表現です。症状の種類に関わらず、医療面接ではまず History of Present Illness (HPI)「現病歴」 を詳細に尋ねることが重要です。特に腹痛は鑑別疾患が多いこともあり、この HPI を軽視するとanaphylaxis 「アナフィラキシー」による腹痛などの診断がつかない場合もあるので注意が必要です。
腹痛に関する現病歴では region「部位」が診断において特に重要となります。その際には “Could you tell me where it hurts?” のように tell などの動詞を使わずに、 “Could you show me where it hurts?” や “Could you point with your finger to the location of the pain?” のように、患者さんに痛む部位を示してもらうような動詞を使う方が聞き間違える心配もなく、正確に痛む部位を把握することができます。
医療者が腹部の region を表現する際、英語圏では腹部を9分割して 9 regions「9部位」で表現する場合と、4分割したものに2部位を追加して 6 regions 「6部位」で表現する場合の2通りがあります。
9 regions「9部位」
1. Right hypochondrium「右季肋部」
2. Left hypochondrium「左季肋部」
3. Epigastrium/Epigastric region「心窩部」
4. Right lumbar「右腰部=右側腹部」
5. Left lumbar「左腰部=左側腹部」
6. Umbilical/periumbilical region「臍部・臍周囲部」
7. Right iliac region「右腸骨部=右鼠径部」
8. Left iliac region「左腸骨部=左鼠径部」
9. Hypogastrium「下腹部」
「季肋部」を意味する hypochondriac region/hypochondrium という表現ですが、患者さんに使う際には注意が必要です。この hypochondrium という言葉自体はhypo- が「下」、chondro- が「軟骨」という意味ですので、「(胸骨の下の)軟骨の下の部分」、つまり「上腹部」を意味します。ただ今のように医学が発達していない頃、「原因がはっきりしない病気」の病巣がこの hypochondrium であると信じられていたことから、「自分が病気であると思い込んで沈んだ気分になる」ことを英語でhypochondriasis「心気症」と呼んでいます。ですから hypochondriac には「心気症の」という意味もあるので、患者さんに対しては安易にこの hypochondrium や hypochondriac という表現を使わない方が無難です。
6 regions「6部位」
1. Right upper quadrant (RUQ)「右上腹部」
2. Left upper quadrant (LUQ)「左上腹部」
3. Epigastrium/Epigastric region「心窩部」
4. Right lower quadrant (RLQ)「右下腹部」
5. Left lower quadrant (LLQ)「左下腹部」
6. Umbilical/periumbilical region「臍部・臍周囲部」
実際の臨床の場面では 9 regions よりもこの 6 regions の方がよく使われています。この 6 regions では「4分割された部位」を意味する quadrant という表現が使われます。「右下腹部」はこの quadrant を使って right lower quadrant (RLQ) のように表記されますが、略語のRLQ を口頭で読み上げる際にはほぼ必ず “right lower quadrant” のようにスペルアウトして発音するのでご注意を。
この他にもflank という部位も腹痛の医療面接ではよく使われます。これは正面や背面から見た部位ではなく、側面から見た「脇腹」を意味する部位で、患者さんとの会話ではよく使われる名詞です。年齢が進むと「腰回りの贅肉」が気になりますが、これは一般英語では「恋人が掴む贅肉」として love handles や、女性の場合には「カップから溢れ落ちるマフィン」というイメージで muffin top などと呼ばれています。どちらも患者さんとの会話では不用意に使わないでくださいね。
colicky pain ってどんな痛み?
痛みの性状を尋ねたい場合には “What type of pain is it?” や “What is the pain like?” と尋ねます。頭痛や胸痛と同様、腹痛の性状にも様々な形容詞が使われますが、中でも crampy pain や colicky pain という表現は使われる頻度が高く重要な表現と言えます。
crampy には「キューっと締め付けられるような」というイメージがあります。ですから名詞の cramp は、ふくらはぎやハムストリングなどが「つった」と言いたい場合に “I had a cramp in the hamstring.” のように使われます。そしてこの cramp は動詞として“My hamstring cramped up.” のようにも使われます。ただ女性が cramps と複数形で表現した場合、それは「生理痛」という意味になりますので注意してください。colicky は colon 「結腸」に由来する表現で、腸の peristalsis 「蠕動運動」によって変化する痛み、つまり a pain that comes in waves 「波の往来のように現れる痛み」というイメージになります。
腹痛の「随伴症状」 associated symptoms として重要なのが、 diarrhea「下痢」や constipation 「便秘」といった defecation 「排便」に関する症状です。この排便に関しては bowel movements 「お通じ」という表現が一般的ですので、患者さんには “Have you noticed any change in your bowel movements?” のような質問表現を使うといいでしょう?またdiarrhea は vomiting 「嘔吐」と一緒に diarrhea & vomiting のように対で表現されることが一般的で、その略語の D&V (「ディー アンド ヴィー」と発音)は英語圏の臨床医に幅広く使われています。他にも発音で注意が必要な用語として melena 「黒色便」があります。ほとんどの日本人医師が「メレナ」と発音していますが、正しくは「メリーナ」のような発音となるのでご注意を。
日本の若者は「吐く」ことを「リバースする」のように表現しますが、英語の reverseは「吐く」という意味にはなりません。「吐く」の動詞としては vomit が最も一般的ですが、米国では throw up が、英国では be sick という表現も使われます。また日本の医師には「逆流症・閉鎖不全症」として知られている regurgitation ですが、「嘔吐」という意味で使われることもあり、動詞の regurgitate は「吐く」という意味にもなります。「吐瀉物・吐いたもの」としては vomitus という表現があり、 “How about the color and smell of the vomitus?” のように患者さんに対しても使われます。また「胸焼け」には pyrosis という医学英語がありますが、実際に使われることは非常に稀で、医師であっても一般英語の heartburn を使うことが普通です。
「イレウス」の英語は ileus でいいの?
では次に腹痛の鑑別疾患の英語名をいくつか見ていきましょう。RUQ abdominal pain 「右上腹部痛」の鑑別として重要な「胆石症」は一般英語では gallstones(「ゴォゥストゥンズ」のような発音)となりますが、医学英語では cholelithiasis となります。cholecystitis 「胆嚢炎」では Murphy’s sign が陽性となりますが、そこで腹部を触診する際には “I am going to press here. Please breathe out completely, and then breathe in deeply.” のように press という動詞を使うといいでしょう。また Charcot’s triad (RUQ abdominal pain/pyrexia (fever)/jaundice) やReynolds’ pentad (Charcot’s triad + shock/altered mental status) が現れる「胆管炎」は cholangitis となります。
日本では「イレウス」を「腸閉塞」という意味で使い、「機械性イレウス」や「麻痺性イレウス」のような表現を使いますが、英語圏では「腸閉塞」のことを bowel obstruction と表現します。そして日本で言う「機械性イレウス」のことを mechanical bowel obstruction と、「麻痺性イレウス」のことを ileus もしくは paralytic bowel obstruction や pseudo-obstruction と表現するのです。つまり英語で ileus(「イィリァス」のように発音) と言ったら、それは日本で言うところの「麻痺性イレウス」になってしまうので、十分に注意してください。
“keyhole operation” ってどんな手術?
腹痛の「手術歴」past surgical history を尋ねる際、英語圏の患者さんは “I had a keyhole operation to have my gallbladder taken.” のような表現を使う場合がありますが、この keyhole operation 「鍵穴を通して行う手術」は laparoscopic operation 「腹腔鏡手術」を表す一般英語です。
また腹痛では産婦人科系の質問も重要になりますが、その際に絶対に知っておかなければいけない略語が OCP と HRT です。前者は oral contraceptive pill 「経口避妊薬」、そして後者は hormone replacement therapy 「ホルモン補充療法」の略語となり、英語圏では患者さんも普通に使うくらい普及している略語です。
最後に腹痛に関する検査の英語表現も確認しておきましょう。バリウムを用いた上部消化管と下部消化管の検査は、barium に swallow「飲み込む」と enema「浣腸」を用いて、それぞれ barium swallow と barium enema と呼ばれます。
日本が誇る消化管内視鏡ですが、日本の医療現場では慣例的に「上部消化管内視鏡」を gastrofiberscopy (GF) と、そして「下部消化管内視鏡」を colonofiberscopy (CF) と呼んできましたが、これらは英語圏では全く通用しない完全な和製英語です。英語圏では前者には upper GI endoscopy か esophagogastroduodenoscopy の略語である EGD という表現が、そして後者には colonoscopy という表現が使われています。また上部と下部の消化管内視鏡を両方とも行う場合には top and tail endoscopy のような独特な表現も使われます。これらは患者さんに使うことはあまりお勧めしませんが、口頭での症例報告などで使う際にはとても自然な英語表現ですので、機会があれば是非使ってみてください。
さてそろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日ご紹介した腹痛に関する英語表現をまとめておきます。
•Abdominal pain: 腹痛(医学英語)
•Stomachache/stomach ache: 腹痛(一般英語)
•Bellyache: 腹痛(一般英語)
•Region: 部位
o “Could you show me where it hurts?”: どこが痛いか示してもらえますか?
o “Could you point with your finger to the location of the pain?”: 痛む箇所を指で示してもらえますか?
•9 regions: 9部位
1. Right hypochondrium: 右季肋部
2. Left hypochondrium: 左季肋部
3. Epigastrium/Epigastric region: 心窩部
4. Right lumbar: 右腰部=右側腹部
5. Left lumbar: 左腰部=左側腹部
6. Umbilical/periumbilical region: 臍部・臍周囲部
7. Right iliac region: 右腸骨部=右鼠径部
8. Left iliac region: 左腸骨部=左鼠径部
9. Hypogastrium: 下腹部
•hypochondriac region/hypochondrium: 季肋部・上腹部
•hypochondriasis: 心気症
6regions: 6部位
1. Right upper quadrant (RUQ): 右上腹部
2. Left upper quadrant (LUQ): 左上腹部
3. Epigastrium/Epigastric region: 心窩部
4. Right lower quadrant (RLQ): 右下腹部
5. Left lower quadrant (LLQ): 左下腹部
6 .Umbilical/periumbilical region: 臍部・臍周囲部
•Flank: 脇腹
•Love handles: 腰回りの贅肉
•Muffin top: 腰回りの贅肉
•Crampy pain: キューっと締め付けられるような痛み
•Cramp: (筋肉が)つる(こと)
•Cramps: 生理痛
•Colicky pain: (蠕動運動に沿って)波の往来のように現れる痛み」
•Defecation: 排便(医学英語)
•Bowel movements: お通じ(一般英語)
o “Have you noticed any change in your bowel movements?”: お通じに変わりはありませんか?
•Diarrhea: 下痢
•Constipation: 便秘
•D&V: 下痢と便秘
•Melena: 黒色便
•Vomit: 吐く
•Regurgitate: 吐く
•Throw up: 吐く(米国英語)
•Be sick: 吐く(英国英語)
•Vomitus: 吐瀉物・吐いたもの
•Heartburn: 胸焼け
•Gallstones: 胆石症(一般英語)
•Cholelithiasis: 胆石症(医学英語)
•Cholecystitis: 胆嚢炎
•Cholangitis: 胆管炎
•Bowel obstruction: 腸閉塞
•Mechanical bowel obstruction: 機械性イレウス
•Ileus: 麻痺性イレウス
•Paralytic bowel obstruction: 麻痺性イレウス
•Keyhole operation: 腹腔鏡手術(一般英語)
•Laparoscopic operation: 腹腔鏡手術(医学英語)
•Oral contraceptive pill (OCP): 経口避妊薬
•Hormone replacement therapy (HRT): ホルモン補充療法
•Barium swallow: 上部消化管X線
•Barium enema: 注腸造影
•Upper GI endoscopy: 上部消化管内視鏡
•Esophagogastroduodenoscopy (EGD): 上部消化管内視鏡
•Colonoscopy: 下部消化管内視鏡
•Top and tail endoscopy: 上部および下部消化管内視鏡
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之