こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「胸水と胸部レントゲン検査」です。
「胸水」は患者さんが訴える「症状」ではなく、検査で判定できる「病態」であり、医学教育モデル・コア・カリキュラムにある習得すべき37の症候の一つとして定められています。そしてその診断には「胸部レントゲン検査」が有用ですが、その読影は英語圏での臨床実習では必須となります。
そこで今月は、胸水の鑑別と胸部レントゲン検査の読影に関する英語表現をご紹介します。
Light’s Criteria って何?
まずは「胸水」の英語表現から見ていきましょう。
「胸水」は英語では pleural effusion となります。皆さんご存知の通り、肺は「胸膜」pleura に覆われています。そしてこの pleura は、外側の「壁側胸膜」parietal pleura と内側の「臓側胸膜」visceral pleura による2層構造となっています。そしてこの parietal pleura と visceral pleura に囲まれた空間を「胸膜腔」 pleural space と言いますが、この pleural space に異常に水分が「流出」effusion した状態を「胸水」pleural effusion と呼びます。同じように「腹腔」peritoneal cavity に異常に水分が流出した状態が「腹水」であり、英語では peritoneal effusion とも呼ぶのですが、臨床現場では ascites という表現の方が使われています。
この pleural effusion の病態生理を考える際には、「浮腫」edema と同じように下記の4つの要素を考えます。
「静水圧の上昇」increased hydrostatic pressure による胸水
「膠質浸透圧の低下」decreased osmotic pressure による胸水
「毛細血管透過性の亢進」increased capillary permeability による胸水
「リンパ管の閉塞」lymphatic obstruction による胸水
このうち「静水圧の上昇」と「膠質浸透圧の低下」による胸水では、タンパク質の含有率が低い「漏出液(ろうしゅつえき)」transudate/transudative effusion となり、「毛細血管透過性の亢進」と「リンパ管の閉塞」による胸水では、タンパク質の含有率が高い「滲出液(しんしゅつえき)」exudate/exudative effusion となります。
この transudate と exudate を鑑別する手段として、胸膜腔に針を挿入して胸水を採取する「胸腔穿刺」thoracentesis があります。この –centesis は「穿刺」という意味ですので、この thoracentesis 以外にも「羊水穿刺」amniocentesis や「腹腔穿刺」paracentesis のように使われます。
thoracentesis において含有 protein が pleural effusion/serum で0.5以下であれば transudate となり、0.5よりも大きくなれば exudate となります。また含有 LDH が pleural effusion/serum で0.6以下であれば transudate となり、0.6よりも大きくなれば exudate となります。このように thoracentesis において
pleural effusion に含有する protein と LDH を使って transudate と exudate に分類する基準を Light’s Criteria と呼びます。
このように Light’s Criteria を用いて、その pleural effusion が transudate なのか exudate なのかを判定していきます。下記にその代表的な鑑別疾患を挙げておきます。(「肺塞栓症」pulmonary embolism は transudate と exudate の両方を引き起こす可能性があります。)
「漏出液」transudate の原因
• 「うっ血性心不全」congestive heart failure
• 「肝硬変」liver cirrhosis
• 「ネフローゼ症候群」nephrotic syndrome
• 「肺塞栓症」pulmonary embolism
「滲出液」exudate の原因
• 「肺炎」pneumonia
• 「結核」tuberculosis
• 「肺がん」lung cancer
• 「膵炎」pancreatitis
• 「関節リウマチ」rheumatoid arthritis
• 「全身性エリテマトーデス」systematic lupus erythematosus
• 「肺塞栓症」pulmonary embolism
pleurisyって何のこと?
では次に、 pleural effusion がある場合の signs & symptoms を見ていきましょう。ちなみに signs とは皆さんが観察する客観的な情報であり、日本語では「兆候」となります。そして symptoms とは患者さんが訴える主観的な情報であり、日本語では「症状」となります。通常は医療面接で symptoms を得てから身体診察にて signs を得るわけですから、語順としては symptoms & signs となると思いがちですが、英語では必ず signs & symptoms という語順になるのでご注意を。
pleural effusion がある場合、上記で示した原因疾患によって様々な symptoms が出てきますが、共通してあるのが「息切れ」shortness of breath (SOB) です。そしてこの医学英語は「呼吸困難」dyspnea となります。
また「胸膜炎」という意味の pleurisy ですが、これは臨床的には a sharp chest pain that worsens with deep inspiration「深い呼吸で引き起こされる鋭い胸痛」のように symptom として使われることが一般的で、pleuritic chest pain とも呼ばれます。
そして pleural effusion によって引き起こされる sign としては、「胸膜摩擦音」pleural friction rub があります。これは inspiration & expiration の両方で聴取される low-pitched grating sounds です。この grating とは「擦り合わせる」「きしむ」というようなイメージの形容詞で、他にも creaking などとも表現されます。
lucency とopacity って何のこと?
では、ここから pleural effusion の診断にも有用な「胸部レントゲン検査」に関する英語表現を見ていきましょう。
そもそも「胸部レントゲン検査」は英語で何というのでしょう?
英語圏の臨床現場では一般的に chest X-ray と呼び、この略語である CXR もよく使われています。ただ厳密にいうと chest radiography というのが検査の名称であり、この検査で得られる画像を chest radiograph と呼びます。またこの chest radiograph が写っている写真そのものを chest film や chest X-ray film と呼びます。どれも紛らわしいので整理して覚えておきましょう。
さてこの chest X-ray においては、密度の小さい組織は放射線の透過性が高いために黒く写ります。このように low density の組織が持つ「透過性(黒く写る度合)」のことを lucency と呼びます。
逆に密度の高い組織は放射線の透過性が低いために chest X-ray においては白く写ります。このように high density の組織が持つ「不透過性(白く写る度合)」のことを opacity と呼びます。そして chest X-ray に写る異常な影のことを shadow と呼び、一般的にはこの opacity が高まることを opacification や shadowing などと呼びます。
“RIP” って何のこと?知っておきたい systematic approach
次に chest X-ray を読影する際の手順について見ていきましょう。
日本の医師国家試験でも米国の USMLE でも snapshot diagnosis「パッと見てできる診断」を示す chest X-ray もありますが、きちんと手順を踏んで chest X-ray interpretation「胸部レントゲン写真の読影」をすることが重要です。英語では「皆が知っているけれども誰も話したがらない話題」という意味で elephant in the room という表現がありますが、chest X-ray のような画像検査でも「誰もが最初に気づく明らかな異常所見」という意味で “elephant” という表現が使われることがあります。しかしこのような “elephant” にばかり目を奪われていると、他の大切な所見を見落とすことにも繋がります。そのようなことを防ぐためにも systematic approach が必要になるのです。
英語圏では実に様々な chest X-ray systematic approaches が紹介されていますが、ここではこちらの動画に沿って、下記のような
systematic approach をご紹介します。
1. Confirm Details
2. “RIP”
3. “ABCDE”
ではこの内容を一つずつ見ていきましょう。
1. Confirm Details: Patient Name, Film Date, and Orientation
最初に確認するのが Patient Name、つまり患者さんの full name です。次に chest X-ray が撮られた Film Date、そして posterior-anterior (PA) か anterior-posterior (AP) のどちらの Orientation で撮られたものかを確認します。
2. “RIP”: Rotation, Inspiration, and Penetration
次に chest X-ray の quality を確認します。その内容として Halloween でもすっかり有名になった “rest in peace” を表す “RIP” で表される3項目を使います。
まずは Rotation です。これは患者さんが右向きでも左向きでもなく、正面を向いているかを表します。椎骨の棘突起 spinose process が左右の鎖骨 clavicles のちょうど真ん中に位置しているかが確認できれば、正面を向いていると判断します。
次に Inspiration です。これは患者さんが十分に吸気しているかを表します。前部の肋骨 anterior ribs が 5-7本見えれば、十分な吸気があると判断します。
最後が Projection です。これは放射線量が適切であったかを表します。心臓の後に椎骨が確認できれば、適切な放射線量であると判断します。
3. “ABCDE”: Airway, Bones, Circulation, Diaphragm, and Extra
ここからが読影本番です。しかしその順番は “ABCDE” で覚えると忘れにくいでしょう。
Airway では trachea/bronchi/lungs を見ていきます。このうち lungs は chest X-ray では upper/middle/lower zone というように zone という区分を使います。この zone は解剖学的な lobe とは異なるので注意してください。
Bones では ribs/clavicles/humerus/spine を見ていきます。これらに fracture/dislocation/arthritis/metastasis などがあるかどうかを確認します。
Circulation では「心胸郭比」である cardiothoracic ratio と「縦隔の輪郭」 mediastinal contours を確認します。この cardiothoracic ratio が 50% を超える場合、「心肥大」cardiomegaly となります。
Diaphragm では「肋骨横隔膜角」である costophrenic angle を確認します。日本ではこの costophrenic angle を CP angle と略して呼びますが、英語圏ではこの CP angleという略語はほとんど使われません。またこの costophrenic angle の角度が不明瞭になることを日本では dull という形容詞で表現する方が多いのですが、これもお勧めできません。鋭角は英語では sharp angle となります。この反意語として dull が使われているのだと思いますが、この costophrenic angle が不明瞭になることを英語では blunting of a costophrenic angle のように表現するので注意してください。
Extra features では上記で確認した項目以外の全てが含まれます。具体的には soft tissue や medical equipment などが含まれます。
上記の項目は数ある systematic approaches の中でも比較的覚えやすいものだと思います。興味を持った方は是非このやり方を自分なりに取り入れてみてください。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。
最後に正常な chest X-ray を臨床現場でどのようにプレゼンテーションすれば良いかをご紹介します。
1. Confirm Details
• This is a plain chest radiograph of Mr. John Smith taken on December 20 in 2022, at 14:32.
• It is a PA image, and I note the side marker is correct.
2. “RIP”
• The medial aspect of each clavicle is equidistant from the spinous processes.
• The 7 anterior ribs are visible.
• The spine is visible behind the heart.
• The image is of adequate quality.
3. “ABCDE”
• I cannot see any abnormality at first glance. but looking at the image systematically…
Airway
• The trachea is central.
• The hilar structures are normal.
• The upper, middle, and lower zones of the lungs are symmetrical and clear.
Bones
• No abnormalities are seen in the bones.
Circulation
• Cardiothoracic ratio and mediastinal contours are normal.
Diaphragm
• Costophrenic angles are well-defined.
Extra features
• No abnormalities are seen in the soft tissues.
Summary
• In summary, this X-ray is unremarkable for pathology.
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 准教授 押味 貴之