Dr.押味の医学英語カフェ

Menu 45 英語でのカルテ記載

こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!

ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。

本日のテーマは「英語でのカルテ記載」です。

世界的にコロナ感染が落ち着きを見せてくる中、少しずつではありますが全国の医学部で海外臨床実習が再開する傾向にあります。海外臨床実習では英語で診療録を記入することも必須のスキルとして求められますが、大学の授業で「英語でのカルテ記載」を学んだことのある学生さんは少ないと思います。

そこで今月は、英語圏の医療現場でも通用する「英語でのカルテ記載」をご紹介したいと思います。

カルテ」は英語では何と言うの?
そもそも「カルテ」とは英語でどのように表現するのでしょうか?

それを考えるに当たり、まずは我々が「カルテ」という表現で何を意味するのかを確認する必要があります。

一般的に「カルテ」は「診療録」を意味します。そして英語圏でこの「診療録」に相当するのが medical records となります。現在は「電子カルテ」が主流ですが、こちらの英語もそのまま electronic medical records となります。

この medical records は国に関わらず法的な根拠となる公式の記録となり、診療をした後にはこの medical records を残すことが医師にとって重要な責務となります。

しかしそれぞれの患者の情報を記載する書類をそのまま medical records と呼ぶかというと、必ずしもそういうわけではありません。medical records という記録の中で「患者の臨床所見を記載する書類」のことを米国では patient note と呼びます。コロナ禍で廃止になりましたが、 USMLE Step 2 Clinical Skills (CS) という臨床実技試験では、simulated patients を相手に history taking と physical examination という patient encounter を実施した後、その simulated patient に関する patient note を10分間で作成することが求められました。このように「患者の臨床所見を記載する書類」のことは medical records ではなく、 patient note と呼ぶことが一般的なのです。

ただこの patient note も正式な名称というわけではなく、国や医療機関によって case noteclinical case note など色々な呼称が存在します。国際的な医療英語試験である OET Medicine の Writing Sub-Test では「患者の臨床所見を記載する書類」を読み、それに基づいて referral letter紹介状」を書くことが求められますが、OET ではこの「患者の臨床所見を記載する書類」のことを case note と呼んでいます。

ちなみに私が教鞭を取っている国際医療福祉大学医学部では、6年次の Post Clinical Clerkship OSCE の大学独自課題として「英語での医療面接 = medical interview in English」と「英語での症例報告 = case presentation in English」の他、「英語でのカルテ記載」がありますが、本学ではこれを米国の呼称を使って patient note in English と呼んでいます。

つまり「カルテ」という表現が「患者の臨床所見を記載する書類」を意味する場合、英語圏ではそれを patient notecase note と表現するのです。

Patient Note ではどんな項目を書くの?
それではこの patient note ではどんな項目を書けば良いのでしょう?

皆さんも臨床実習で SOAP という項目を学んだと思いますが、英語圏でもこの SOAP(「石鹸」と同じように「ゥプ」のように発音)を使って記載します。

SOAP
Subjective data(患者さんが訴える主観的な情報)
Objective data(医療者が観察する客観的な情報)
Assessment(医療者の評価)
Plan(今後の計画)

ただこの SOAP は inpatients入院患者」の日々の経過を記録するための形式であり、初診の outpatients外来患者」の記録としては下記のような「」が一般的です。

Patient Note Basic Structure
1. Patient InformationChief Complaint「主訴」を含めた1つの文」
2. History Taking
    History of Present Illness (HPI) 「現病歴」
    Past Medical History (PMH) 「既往歴」
    Past Surgical History (PSH) 「手術歴」
    Medications (Meds) 「(内服)薬」
    Allergies 「アレルギー」
    Family History (FH) 「家族歴」
    Social History (SH) 「社会歴」
    Review of Systems (ROS) 「システムレビュー」
3. Physical Examination
    Vital Signs (VS) 「バイタルサイン」
    General Appearance (GA) 「全身の様子」
    Mental Status (Mental)「精神状態」
    HEENT 「頭頸部 (head, eyes, ears, nose and throat の略。「エイチ・イー・イー・エヌ・ティー」と発音)」
    Cardiovascular Exam (CV or Heart) 「心血管」
    Pulmonary Exam (Chest or Lungs) 「呼吸器(胸部)」
    Abdominal Exam (Abdomen) 「腹部」
    Neurological Exam (Neuro) 「神経」
    Extremities 「四肢」
    Skin 「皮膚」
4. Summary「Patient Information に鑑別に重要な項目を加えた1つの文」
5. Differential Diagnosis「鑑別疾患」
6. Plan「検査や治療の計画」

この Patient InformationSummary については「Menu 30. 英語での症例プレゼンテーション:基礎編」にて詳しく解説してありますので、こちらも是非ご確認ください。

どんな patient note が高く評価されるの?
では次にどのような点に留意すれば、英語圏の医療現場でも高く評価される patient note を書くことができるのでしょうか?

まずは上記の patient note の「」を守ることです。この「」にある6項目はその順序も含めて守るようにしてください。

次に History of Present Illness (HPI)「現病歴」に十分な情報を記載しましょう。

多くの日本の医学生が書くカルテでは、HPI に記載されている情報が十分ではありません。目安として HPI が History Taking の半分以上となるように十分な情報を記載するように心がけてください。

そして pertinent positives と pertinent negatives を記載して、読み手に鑑別疾患を想起させるようにしましょう。

良い patient note では History Taking と Physical Examination の部分を読むことで鑑別疾患が想起されます。もしも主訴が chest pain で、その鑑別疾患として coronary artery disease を想定している場合、chest pain 以外にも dyspnea「呼吸困難」や nausea「悪心・吐き気」のような関連症状の有無も記載することが求められます。このような関連症状やリスクファクターを一通り洗い出し、それらの有無を記載することで診断に説得力が生まれるのです。そしてこの「陽性となる関連項目」のことを pertinent positives と、そして「陰性となる関連項目」のことを pertinent negatives と呼び、これらをしっかりと記述しているかどうかで patient note の評価が分かれるのです。

また patient note 特有の「定型表現」を使うことも重要です。

patient note では患者さんが使う lay terms一般用語」を medical terms医学用語」に変換する必要があります。そして「臨床的な意義を与える医学英語」という意味の semantic qualifiers という表現も重要です。headache を主訴とする患者の patient note において bilateral squeezing headache with distracting intensity のように bilateral両側の」や squeezing締め付けられるような」、そして distracting intensity「集中できない程度の」という表現は全て tension headache を想起させる semantic qualifiers です。ですから自分が考えている鑑別疾患にはどのような semantic qualifiers があるのかを確認し、それらを patient note にも使うようにする必要があるのです。

最後に重要なのが良い Summary を書くということです。

patient note の Summary の基本的な定型表現は下記のようになります。

In summary, the patient is a/an (age)-year-old (man/woman) with (pertinent risk factors), who presented with a (duration)-history of (chief complaint +significant HPI), associated with (pertinent positives).

このように「現病歴History of Present Illness (HPI) の中で特に重要な項目と、History Taking や Physical Examination において「陽性となる関連項目」である pertinent positives を含む one-linerインパクトのある1行の文」を作成します。またこの Summary には pertinent negatives を含めないようにしましょう。

指導医や他の医学生も patient note を効率的に読もうとします。ですから Summary にはどうしても読み手の意識が集中するのです。したがって patient note の評価は Summary で決まると言っても過言ではありません。多くの医学生は History Taking や Physical Examination の後にこの Summary を書くので、Summary を書く頃には集中力が低下しています。個人的には「まず Summary を書いた後で History Taking & Physical Examination を書き、その後でもう一度 Summary を見直す」という手順をお勧めします。

覚えておきたい Physical Examination での定型表現
patient notecase presentation症例報告症例プレゼンテーション)」の違いは、前者が「書き言葉」であるのに対し、後者は「話し言葉」であるということです。このため patient note には case presentation にはないいくつかの特徴があります。

1つ目は History Taking で bullet style箇条書きが多用されるということです。

もちろん文章で記述する paragraph style も patient note では使われるのですが、書きやすさと読みやすさから bullet style がよく使われます。そしてこの bullet style の方が英語を母国語としない医師や医学生にとっても書きやすいので、読者の皆さんが patient note を書く場合にはこの bullet style をお勧めします。

2つ目は「略語が多用されるということです。

略語」は英語では initialismacronym と呼ばれます。「え?略語ってabbreviation って言うんじゃなかったっけ?」と思われる方も多いと思いますが、厳密に言うと abbreviation とはdoctor を Dr. と短く表記するような略語のことです。chronic obstructive pulmonary disease の頭文字をそのままアルファベットで COPD と表記する場合の略語は initialism となり、頭文字をそのままアルファベットで読むのではなく、新たな読み方が与えられた略語は acronym となります。具体的には gastroesophageal reflux disease を「ガード」のように読む GERD という略語は acronym となるのです。しかし英語圏の医師もこれらの区別をする人は少なく、COPD や GERD といった略語も総じて abbreviation と呼ぶことが一般的です。

そして patient note では略語が多用されます。医学教育では「略語はできるだけ使用しないように教育すべきだ」と考えておられる方も多く、私もその通りだと思いますが、英語圏の実際の patient note には略語が多用されています。ですからその略語が意味する定型表現を知らないと patient note を書くことはもちろん、読むことすらできません。

下記に patient note で多用される定型表現とその略語を示します。皆さんはいくつ知っていますか?

   Hypertension (HTN)
   No known allergies (NKA)
   No known drug allergies (NKDA)
   Pupils are equal and round, react to light and accommodation (PERRLA)
   Extraocular muscles are intact (EOMI)
   Jugular venous distension (JVD)
   Regular rate and rhythm, no murmurs, rubs, or gallops (RRR, no m/r/g)
   Clear to auscultation bilaterally, no wheezes, rhonchi, or crackles (CTAB, no w/r/c)

日本の医療現場では hypertension高血圧」に対して HT という略語を使っていますが、英語圏では HTN という略語が使われています。

英語圏の electronic medical records では、 patient note の Physical Examination に正常所見がデフォルトで入力されている場合もあります。つまり病棟で電子カルテに身体診察所見を入力しようとすると、そこにはあらかじめ “Heart: RRR, no m/r/g.” のような略語が入力されているのです。

こういった略語を覚える秘訣は、その略語が意味している定型表現を身につけるということです。つまり “RRR, no m/r/g” という略語ではなく、“Regular rate and rhythm, no murmurs, rubs, or gallops” という定型表現を身につけるのです。

そのためには英語圏で書かれた patient notes を数多く読むことが必要です。もう廃止となりましたが、USMLE Step 2 Clinical Skills (CS) 対策の教材にはたくさんの patient notes が掲載されています。個人的には First Aid for the USMLE Step 2 CS という参考書がお勧めです。この中の Practical Cases ではたくさんの patient notes が掲載されているので、そこで使われている略語が何を意味しているのかを調べるようにしましょう。そうすると英語圏で使われている定型表現を身につけることができ、略語が何を意味しているのかを理解できるようになります。

そうは言っても、どこから手をつけていいかわからないという方は、こちらにある History Taking & Physical Exam の情報を読んで、自分なりに patient note を書いてみましょう。そして実際に自分が書いた patient note をこちらにある Patient Note Sample と比較してみてください。もちろんこのサンプル以外にも色々な書き方があると思いますが、patient note のお手本の1つとしてご活用ください。

さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。

最後に英語圏の医療現場でも高く評価される patient note のポイントをもう一度まとめておきます。

   Patient Note の「型」を守る
   History of Present Illness (HPI)「現病歴」に十分な情報を記載する
   pertinent positives と pertinent negatives を記載して、読み手に鑑別疾患を想起させる
   medical terms と semantic qualifiers を使う
   鑑別疾患を想起させる Summary を書く

では、またのご来店をお待ちしております。


「Dr. 押味の医学英語カフェ」では皆さんから扱って欲しいトピックを募集いたします。こちらのリンクからこのカフェで扱って欲しいと思う医学英語のトピックをご自由に記載ください。

国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 准教授 押味 貴之

「Dr.押味の医学英語カフェ」で扱って欲しいトピックを募集中!