こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「医学英語の学び方」。
現在、ほぼ全ての医学部で「医学英語」の教育が実施されていますが、その教育内容や到達度の目標設定はまだ統一されていません。しかし、医師国家試験には英語の問題が毎年出題されています。また USMLE という米国の医師国家試験の受験を考えている方からも、受験に必要な医学英語に関して「何を」「どのようにして」学んでいって良いのかよくわからない、という声もよく聞きます。
そこで今月は、医学英語の学び方について少しお話ししてみたいと思います。
医師国家試験に英語の問題があるって本当?
「平成21年版医師国家試験出題基準」において「必修の基本的事項 18. 一般教養的事項(約2%)」の項目に「診療に必要な一般的な医学英語」が設定され、第103回医師国家試験(2009年2月)から医学英語の必修問題が各年1問から3問出題されるようになりました。
出題されるようになってからしばらくは、下記のような「医学英語」と、それに対応する「一般英語」の用語の知識が問われるような問題が出題されていました。
「医学用語の知識を問う問題」
103F-4
予防にoral vaccineを使用するのはどれか。
a. Japanese encephalitis
b. German measles
c. whooping cough
d. poliomyelitis
e. measles
Japanese encephalitis 「日本脳炎」や poliomyelitis 「ポリオによる脊髄炎(急性灰白髄炎)」は医学英語ですが、German measles (rubella 「風疹」の一般英語)や measles (rubeola 「麻疹」の一般英語。日本語の「はしか」の表現に相当。)などは一般英語です。「百日咳」も医学英語では pertussis となりますが、一般英語では whooping cough となります。ちなみにこの whoop とは激しく咳き込んだ後に「音を立てて息を吸い込む」という動作を意味します。つまり whooping cough とは、「音を立てて息を吸い込むことが必要になるくらい激しく咳き込むこと」というイメージの表現なのです。 ただ、そんな細かいことが分からなくても「dがポリオっぽいな。ポリオの生ワクチンは経口だからこれが正解!(2012年9月に不活化ワクチンの注射に統一されるまで、生ワクチンと不活化ワクチンの両方が使われていました。)」という判断で多くの受験生が正解していました。
このような用語の知識を問う問題が続いた後、第109回(2015年2月)からは下記のような「紹介状(英語では referral と言います)」を使った形式が増えてきました。
「英語の紹介状を読ませてから診断・検査・治療を問う問題」
109F-25
44歳の男性。航空会社の職員に付き添われて空港内の診察所を受診した。持参した英文紹介状の一部を示す。
This patient is a 44-year-old man with a complaint of right flank pain*. The pain suddenly occurred while he was on the airplane. It was colicky and radiated to the right inguinal region. Neither nausea nor diarrhea was associated. He had appendectomy when he was 8 years old.
Urinalysis results: Protein (-), Sugar (-), Occult blood (2+)
*flank pain: lateral abdominal pain
出張のため近隣国へ向かう飛行機内で上記の症状を認めたため、到着直後に現地の空港内の診察所を受診し鎮痛薬を投与された。疼痛は我慢できる程度になり、予定を変更して次の便で日本に帰国した。現在、紹介状に書かれた症状は我慢できる程度に続いており、新たに生じた症状はない。意識は清明。身長165 cm、体重68 kg。体温37.1℃。脈拍76/分、整。血圧136/76 mmHg。
この患者にみられる可能性の高い身体診察所見はどれか。
a. 腸雑音亢進
b. 陰嚢の透光性
c. 腹部血管雑音
d. Blumberg徴候
e. 肋骨脊柱角の叩打痛
この紹介状にある英語表現の多くはMenu 13 で詳しく説明していますのでそちらをご覧いただくとして、多くの受験者は紹介状をほとんど読まずに「Urinalysis ってどうせ尿検査か何かでしょ?occult blood ってよく分からないけど(これは「潜血」の意味)、多分尿に血が出ているんだろうから腎・尿管結石が診断で、eが正解!」と正解にたどり着くことができました。
そして第114回(2020年2月)では、必修問題としての1問に臨床問題2問を加えた3問が、設問を含め全文英語で出題されました。和英混合で出題された1問と合わせると第114回医師国家試験では合計4問の医学英語関連問題が出題されたのです。
「全文英語の臨床問題」
114A-31
A 26-year-old woman presented to the emergency room with palpitations and shortness of breath that started suddenly while she was eating breakfast.
Although the health-screening examination performed three weeks ago showed delta waves in her ECG, echocardiography taken at a nearby hospital showed no abnormal findings. At presentation, she was slightly hypotensive with a blood pressure of 96/68 mmHg. Her ECG on admission showed a narrow QRS-complex tachycardia at a rate of 180/min. Neither ST elevation nor T wave abnormality was present.
What is the most probable diagnosis of the arrhythmia?
a. Sinus tachycardia
b. Sick sinus syndrome
c. Ventricular tachycardia
d. Supraventricular tachycardia
e. Complete atrioventricular block
設問を含めて全て英語での出題で、さらに臨床問題としての出題であったために驚いた受験生もいましたが、ここでも「delta waves だから WPW でしょ?だから上室性頻拍の d が正解!」ということで多くの受験生が正解にすることができました。特に選択肢の英語表現は日本語の循環器の授業でも一般的に使われている英単語だったので、受験生の多くはそれほど苦労しませんでしたが、問題自体は確実に難化傾向にあります。
このように日本の医師国家試験の英語問題でも米国の医師国家試験である United States Medical Licensing Examination (USMLE) と同じような英語での臨床問題が出題されてきています。したがって必然的に日本の医師国家試験の英語問題対策としてはUSMLE対策をすることが合理的な準備となります。
USMLEってどんな試験で、どんな準備が必要なの?
では、皆さんも一度は聞いたことがあるこの USMLE ってどんな試験なのでしょう?
よく誤解されているのですが、この USMLE は日本の医師国家試験のように「これに受かれば臨床医としての資格が与えられる」というものではありません。むしろ「米国での臨床研修に参加するための手続きの一つ」というように考えた方がこの試験の本質を正しく理解できると思います。
米国での臨床研修は大きく分けて Residency Programs とFellowship Programs の2種類があります。前者は米国の医学生が医学部を卒業した後に受ける研修で、診療科に関わらず米国で board certified doctor「専門医」になるためには必須の研修です。したがって米国での永住を考えているのであれば、この Residency Program での研修が必要となります。ただ米国では各診療科の医師の数に制限があり、人気の高い診療科の Residency Program にforeign medical graduates (FMG) /international medical graduates (IMG)「外国の医学部を卒業した医師」がマッチングされることは現実的に考えて極めて困難です。ですから orthopedics 「整形外科」や plastic surgery「形成外科」といった競争率の高い診療科での研修を考えている人にとっては、 Residency Program での研修は現実的な選択肢とはなりにくいと言えます。そのため Residency Programs では internal medicine, pediatrics, and family medicine といった診療科が、日本の医学生・医師にとっては現実的な選択肢となります。
もし米国での臨床研修の後に日本に帰国することを考えているならば、Fellowship Program での研修が現実的な選択肢として挙げられます。米国の医師がこの Fellowship Program に参加するためには Residency Program を修了することが求められますが、IMG となる日本人医師はそれと同等の研修を日本で行うことができます。つまり日本で初期研修、後期研修、認定医資格取得、専門医資格取得などを一通り済ませた「一人前の専門医」となってから応募するわけです。その際にはいきなり Clinical Fellow として応募するのではなく、研究を目的とした Research Fellow として、臨床研修を考えている病院や診療科で働き、そこで人脈を築いてから Clinical Fellow として応募するという戦略がIMGには一般的になります。ちなみに、この Research Fellow としての留学は一般的に「研究留学」と呼ばれているもので、USMLEに合格する必要はありません。
Residency にせよ Fellowship にせよ、米国での臨床研修には時間もお金もかかります。まずは自分が米国に永住したいのか、それとも日本に帰国したいのかを考え、その上で、どのような研修を米国で受けたいのかを考えるところから始めると良いでしょう。
もしこういった、 Residency Programs や Fellowship Programs に応募したいと考えているならば、必ず下記の USMLE の3つの試験全てに合格する必要があります。
• Step 1
• Step 2 Clinical Knowledge (CK)
• Step 2 Clinical Skills (CS)
USMLE にはもう一つ Step 3 という試験がありますが、これは米国での研修中に受験する試験なので、応募の際には Step 1, 2 CK, and 2 CS の3つの試験のみの合格が求められるのです。
USMLE の試験の詳細と受験対策に関しては瀬嵜智之(せざき ともゆき)先生がまとめているこちらのサイトが最も充実していますので、詳細はこちらをご覧いただければと思います。
ここで、それぞれの試験を少し乱暴にまとめると下記の通りになります。
• Step 1: 基礎医学のMCQ問題。日本のCBT に近いが、より深い内容が問われる。東京と大阪で受験可能。
• Step 2 CK: 臨床医学のMCQ問題。日本の国試に近いが、内容は米国医学部の3年次の臨床実習科目である internal medicine, family medicine, general surgery, psychiatry, neurology, pediatrics, ObGyn, and emergency medicine の8つの領域に集中している。東京と大阪で受験可能。
• Step 2 CS: 12人の模擬患者との病歴聴取・身体診察・患者教育と、それをコンピュータ上の診療録にまとめる臨床実技試験。日本のOSCEよりも実践的で、高いコミュニケーション能力が問われる。米国5カ所の試験会場でのみ受験可能。
ただ実際に Residency Program にマッチングするためには、これらの試験に合格するだけでは不十分で、「米国の病院で臨床実習・研修を経験し、その際に指導してくれた医師から『素晴らしい』推薦状をもらう」ことが必須となります。また 履歴書では、学生時代の課外活動としての臨床研修や研究活動、リーダーシップが求められる社会活動やボランティアなどの社会貢献活動なども評価の対象となるため、こういった課外活動を学生時代から十分に積み重ねておくこともマッチングでは重要になります。ただ Fellowship Program へのマッチングでは、研究留学を通して臨床実習先を確保することが一般的なため、必ずしも米国での臨床経験が必要とはなりません。
では、こういった日本の医師国家試験の英語問題にも対応でき、 USMLE にも合格して、米国での臨床研修にも通用する英語力を身につけるにはどうすれば良いのでしょうか?ここからは「何を」「どのようにして」学んでいけば良いのかについて簡単に説明していきたいと思います。
医学英語って「何を」「どのようにして」学べばいいの?
そもそも医学英語って何なのでしょう?冒頭で医学部での医学英語教育は、その教育内容や到達度の目標設定は統一されていないと述べましたが、私が理事を務めている「日本医学英語教育学会」では「医学教育のグローバルスタンダードに対応するための医学英語教育ガイドライン」というものを2015年に発行しました。この医学英語教育ガイドラインでは Vocabulary・Reading・Writing・Communication という4つの運用能力に関して、それぞれ「医学部卒業時に全員が習得すべき内容」と「医学部卒業時に習得が望ましい内容」に対応する目安を設定しています。そしてこの「医学部卒業時に全員が習得すべき内容」を評価する試験として「日本医学英語検定試験応用級」というものも設定されています。
このガイドラインでは、英語の4技能に分けて医学英語の運用能力を示していますが、医学英語で「何を」学ぶべきか、ということを定義すると「医師としてのコミュニケーションを英語で行うことができる能力」と言えます。つまり「医療面接」「身体診察」「患者教育」といった患者さんとのコミュニケーションや、「症例報告」「論文読解」「論文執筆」「口頭発表」といった他の医師や医療者とのコミュニケーションを英語でできる能力を身につけることが、医学英語教育での学修内容となるのです。
では、そのような「医師としての英語コミュニケーション能力」を「どのように」学べば良いのでしょう?そこで最も有効な方法が「医学英語を学ぶ」のではなく、「医学を英語で学ぶ」という方法です。これは外国語学修の分野では「内容言語統合型学修: Content and Language Integrated Learning (CLIL)」と呼ばれています。この CLIL は日本の小中高等学校での英語教育に導入するにはとても難しい方法なのですが、受験を通して基礎英語力が備わっている医学生には、大変有効な学修方法です。
現に英語を母語としない国や地域の医学部でも英語の教科書を使い、定期試験も英語で出題することが一般的です。日本のように母語だけで医学教育をする国の方が世界では少数派なのです。
さらに医師が目指す英語力の最低基準として、Common European Framework of Reference for Languages(ヨーロッパ言語共通参照枠)「通称 CEFR(セファール)」で定められている CEFR B2 レベル が考えられます。これは『中上級レベル』の英語力であり、国籍や母語に関わらず全ての医師が獲得すべき最低限の英語力と言えます。またUSMLEの合格自体には CEFR B2 レベルの英語力でも対応できますが、英語圏で臨床留学するとなると CEFR C1 レベル(『上級レベル』)以上の英語力が必要です。
しかし国際教育交換協議会(CIEE)日本代表部によると、日本の医学部のTOEFL ITP の平均点は中級であるCEFR B1レベルに相当する483点です。皆さんも同級生の英語力を見て安心されているかもしれませんが、COVID-19 pandemic 以降の世界では診療のオンライン化も進み、日本の医師に求められる英語力もどんどん高くなっていくことでしょう。
日本の医学部で勉強していけば、日本語の医学用語は自然と身につきます。しかし「医師としての英語コミュニケーション能力」は、意識して行動変容をしない限り身につけることはできません。でもこの時代、英語の教材の方が圧倒的に豊富です。それらの良質な教材を使って効率的に医学を勉強できるようになるためにも、「医学を英語で学ぶ」ということを意識していただきたいと思います。
そうは言っても日本で「医学を英語で学ぶ」ことは多くの方にとって大変なことでしょう。そんな時は是非この「医学英語カフェ」に立ち寄って、コーヒーでも飲みながら日本語での医学英語のよもやま話をお楽しみください。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日ご紹介したポイントをまとめておきます。
• 日本の医師国家試験の英語問題でも米国の医師国家試験である USMLE と同じような英語での臨床問題が出題されてきている
• USMLEは「これに受かれば臨床医としての資格が与えられる」というものではなく、「米国での臨床研修に参加するための手続きの一つ」である
• 米国での臨床研修に参加するためには Step 1 と Step 2 CK の2つの試験に合格する必要がある。
• 米国での臨床研修は大きく分けて Residency Programs とFellowship Programs の2種類がある
• Residency Program にマッチングするためには「米国の病院で臨床実習・研修を経験し、その際に指導してくれた医師から『素晴らしい』推薦状をもらう」ことが必須となる
• Residency Program にマッチングするためには学生時代から「臨床研修」「研究活動」「リーダーシップ」「ボランティア」に関する業績作りが重要となる
• 米国での永住を考えているのであれば、Residency Program での研修が必要だが、日本の医学部卒業者には競争率の高い診療科でのマッチングはほぼ不可能である
• 日本に帰国することを考えているならば、Fellowship Program での研修が現実的な選択肢であるが、その際には研究を目的とした Research Fellow として留学し、臨床研修先を確保する必要がある
• 医学英語とは「医師としての英語コミュニケーション能力」であり、具体的には「医療面接」「身体診察」「患者教育」といった患者さんとのコミュニケーションや「症例報告」「論文読解」「論文執筆」「口頭発表」といった他の医師や医療者とのコミュニケーションを英語でできる能力となる
• 全ての医師が身につけるべき一般的な英語力の目安として CEFR B2 レベル「中上級レベル」が挙げられるが、英語圏での臨床留学を目指すなら CEFR C1レベル「上級レベル」以上の英語力が必要になる
• 「医学英語を学ぶ」のではなく、「医学を英語で学ぶ」ことで身につけるのが医学英語学修の王道である
では、またのご来店をお待ちしております。
「Dr. 押味の医学英語カフェ」では皆さんから扱って欲しいトピックを募集いたします。こちらのリンクからこのカフェで扱って欲しいと思う医学英語のトピックをご自由に記載ください。
国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之