こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「国際学会のポスター発表で優秀賞を取る方法」。
医学生や若い医師が国際学会に参加する際、最初に経験する発表は競争率の高い oral presentation 「口頭発表」ではなく、 poster presentation 「ポスター発表」となることが一般的です。しかし、その準備や発表方法が医学部の正規の授業で扱われることはほとんどありません。そこで今月は、初めて参加する国際学会のポスター発表でも、優秀賞が取れるための方法論をご紹介いたします。
「下見」のために国際学会に参加しよう
もし、本気で国際学会のポスター発表で優秀賞を取ろうと考えているのであれば、ポスター発表の研究に着手する前に、まずはその国際学会のポスター発表を参加者として「下見」をしましょう。「来年ここで自分がポスター発表をして優秀賞を取る」ということをイメージして、その成功イメージから逆算すると、これから準備に何が必要なのかを具体的にイメージすることができます。この下見では、下記の項目を確認するようにしましょう。
・ 実際にポスター発表で発表されている研究が、どのくらい準備が必要な研究なのか(修士論文や博士論文になるような研究なのか、それとも勉強や仕事をしながら数カ月で準備できる研究なのか)
・ 一定の発表時間が与えられて審査員の前で発表する形式なのか、それとも通りがかった聴衆からの質問に応答する形式なのか
・ どのような参加者が発表しているのか(医学生、大学院生、研修医、専門医、指導医、研究医など、どのような背景の参加者が発表しているのか)
・発表者のドレスコードはどのようなものか(スーツ、ビジネスカジュアル、カジュアルなど、どのような服装で発表しているのか)
・ どのようなポスターのデザインが主流を占めているのか
・ どのようなポスター発表が優秀賞を獲得するのか(どのような研究内容、ポスターデザイン、発表技術がその学会では高く評価されているのか)
・ 発表者が質問にどのように応答するのか(他の参加者の質問にどのように応答するかを観察するだけでなく、必ず自分でも質問をして、その質問に発表者がどのように応答するのかを観察する)
これからここで紹介する方法を実践しても、その学会で優秀賞を獲得できるとは限りません。自分が参加する学会において、「優秀賞」の基準がどのように定められているのかを確認することがこの下見においては重要となります。
研究の質を充実させよう
意外に思われるかもしれませんが、ポスター発表をする研究内容は、下見をしてから決めることをお勧めします。もし既に行っている研究があったとしても、下見で確認した情報から「どのような研究発表なら聴衆に届くか」を考え、自分の研究のどの部分をどのように発表するのかを考える必要があるのです。たとえどんなに自分が伝えたい研究であっても、実際に聴衆に伝わらなければ発表する意味はありません。自分の研究のどの部分をどのように発表するかは、常に聴衆目線で考えましょう。
自分の研究のどの部分をどのように発表するかが決まったら、まずは研究自体の質を上げる作業に集中しましょう。ここでは、皆さんの大学や大学院での研究指導医からの指導が必要になります。これから紹介するポスター発表の方法が上達しても、研究そのものの質が低ければ、優秀賞を獲得することは不可能です。ここでは十分に時間をかけて、研究の質を充実させることに集中しましょう。
ポスター発表のガイドラインを確認しよう
研究が終わり、ポスター発表の準備を始める際の最初のステップとして、その学会のポスター発表のガイドラインを確認しましょう。下見で確認をしたとしても、年によってポスター発表の形式やポスターの大きさなどが変更となる場合があります。特にポスターのサイズには注意が必要です。どんなに素晴らしいポスターを作成したとしても、サイズがガイドラインに合致していなければ、それだけで見栄えは悪くなってしまいます。まずはガイドラインを確認して、縦・横どちらのレイアウトなのか、どのようなサイズのポスターで、レイアウトに制限があるのかなどを確認しましょう。
#betterposter のレイアウトを使おう
ポスター発表のガイドラインを確認して、ポスターが縦・横どちらのレイアウトなのか、そしてどのサイズのポスターを準備するのかがわかったら、具体的にポスターのレイアウトやデザインを始めます。
ここで多くの研究者が、「聴衆が実際には目を通さない詳細な情報までポスターに載せる」という行動を取っています。ポスター発表をする際に「自分の研究の全てをポスターに載せないと完璧なポスターとはならない」と考え、聴衆が実際には目を通さない情報まで過剰に載せ、結果として聴衆にほとんど情報が伝わらないという結果になっているのです。
臨床医学では、 evidence-based medicine 「科学的根拠に基づいた医療」が主流となってきていますが、ポスター発表や口頭発表といった科学コミュニケーションの分野では、 evidence-based communication が実践されることは稀で、多くの発表が「他の研究者がやっているから」「指導医からこのように発表するようにと言われたから」「先輩がこのレイアウト・デザインで発表をしていたから」という理由だけで、ポスターのレイアウトやデザインを決めています。その結果として多くの学会での情報共有は、驚くほど非科学的かつ非効率的な方法で行われているのです。
この状況を打破すべく、心理学者の Mike Morrison 氏が始めたのが #betterposter というキャンペーンです。(この #betterposter というキャンペーンを詳しく知りたい方はこちらとこちらの2つの動画をご覧ください。)
この #betterposter というキャンペーンは、「世界中で行われているポスター発表でのポスターレイアウトは情報共有において極めて非効率的である。聴衆が多くの insights 「ひらめき」を得るためには、ポスターレイアウトをもっと科学的根拠に基づいたものにすべきである。」という趣旨のもので、現在、世界中で多くの学会がこの趣旨に賛同して、Morrison 氏が提唱するポスターレイアウトを使うことを奨励しています。
Morrison氏は「大量の複雑な視覚情報を処理できる頭の良い聴衆」ではなく、「少なく簡単な視覚情報しか処理できない聴衆」を聴衆の基本設定とし、「結論をわかりやすく伝え、興味を持った聴衆がより深くそのポスターの研究にアクセスできる」というレイアウトを考案しました。こうすることで聴衆が数多くのポスターからたくさんの insights 「ひらめき」を得ることができると提案しています。
Morrison 氏が提案する「基本的なレイアウト」 The Original Layoutはこちらです。まずポスターの真ん中に研究の結論である Take-Home Message を記載します。そしてその下に Take-Home Message の説明に不可欠な図である Key Figures と、その研究に興味を持った人が研究の詳細にアクセスできるための QR Codeを記載します。ポスターの左側には「発表者がポスターの前に立っていなくても研究の内容がわかる欄」 Silent Bar として、研究の「抄録」 Abstract と「考察」 Discussion を文章で記載します。そしてポスターの右側は「発表者が研究を説明する際に参照する武器 (Ammo)を記載する欄」 Ammo Bar として、発表者が発表の際に必要とする「図」 Figures や「表」 Tables を記載します。
ここで注目したいのが、ポスター発表の題名 Title ではなく、伝えたい Take-Home Message を中心にレイアウトするということです。ポスターの「デザイン」と聞くと、多くの人がセンスのいい色使いや背景、気の利いた pictogram など思い浮かべますが、そのような「デザイン」ではなく、何をどこにどのような大きさで配置するかという「レイアウト」の方が、科学コミュニケーションにおいては重要になるのです。
もしもポスター発表する際に、 Figures や Tables を参照する必要がない場合、この The Original Layout から右側の Ammo Bar を削除して、Take-Home Message や重要な図や、表Key Figures & Tables を拡大したこちらの The Figure Hero Layout というレイアウトを使いましょう。
そして発表者が常にポスターの前に立つ状況であれば、Abstract や Discussion などのテキストを載せた Silent Bar は不要になりますから、これを排除して Take-Home Message や Key Figures & Tables をさらに拡大させたこちらの The Presenter Layout というレイアウトが有効になります。
これら3つのレイアウトは、全てこちらのサイトからダウンロードすることが可能です。「デザイン」のセンスよりも、心理学の科学的根拠に基づいた「レイアウト」を利用することが、科学コミュニケーションにおいては意味を持つのです。
Take-Home Messageをわかりやすい英語に変換しよう
この #betterposter で推奨されているレイアウトを使うだけで、皆さんのポスターは「少なく簡単な視覚情報しか処理できない聴衆」にもわかりやすいものとなりますが、さらにわかりやすいポスターにするためには、Take-Home Message を「わかりやすい英語」 plain English に変換する必要があります。
Morrison 氏はその具体例として、下記のようなものを挙げています。
もし聴衆に伝えたい Take-Home Message が、 “Negative affect inhibits attention and performance.” 「負の感情が注意力と仕事のパフォーマンスを低下させる」というものであった場合、これを見た聴衆は「それって具体的にどういうこと?」と考え、自分の頭の中でわかりやすい英語(表現)に変換する必要に迫られます。どうせ聴衆が自分の頭の中で変換する必要があるのなら、初めからそれをわかりやすい英語(表現)に変換して、聴衆の負担を軽減するべきです。具体的には先ほどの Take-Home Message は、 “Bad moods distract people and lower their performance.” 「機嫌が悪いと集中できなくなって、仕事のパフォーマンスが下がる」という plain English に変換することで、聴衆にわかりやすく伝わることができます。
このように皆さんの研究の Take-Home Message は、論文で使う formal な表現ではなく、口語のわかりやすい plain English に変換して表示するように心がけてください。
図や表には punchline をつけよう
次に意識してもらいたいのが、図 Figures や表 Tables の表示方法です。多くの発表者は Figures や Tables に、論文で使うものと同じような説明文をつけています。しかしポスター発表では、「少なく簡単な視覚情報しか処理できない聴衆」を想定する必要があります。したがって、それぞれの Figure やTable でどんなことが言いたいのかを具体的に分かりやすく説明した punchline をつける必要があります。この punchline をつけることによって、それぞれの Figure や Table は格段にわかりやすくなります。
研究テーマに関連する background と hat icon を使おう
先ほどポスターにおいては「レイアウト」が重要であり、「デザイン」は重要ではないと述べました。確かに研究のテーマに合わせて infographic や pictogram を選び、その配列まで考えるのは、デザインのトレーニングを受けていないと難しい作業になります。しかしそんな「デザイン音痴」の我々でもできることが、「テーマに関連するポスターの背景 background を選ぶ」ということです。
ポスターは視覚的に聴衆に訴えることが必要です。したがってテキストが読めなくても、「その研究がどの分野の研究なのか」が一目で伝わるように、テーマに関連したデザインの背景 background を選ぶようにしましょう。またポスターでは文字が占める割合は20%、図や表は40%、そして余白が残りの40%となるのが基本です。文字を少なくするためには、 infographic や pictogram といったイメージを使うと良いでしょう。
もし良い background が見つからない場合でも、研究テーマに関連するものを hat icon (「帽子」のようにポスターの中心に載せるアイコン)として使いましょう。細菌の研究であれば、テーマとなる細菌をこの hat icon として使い、ポスターの中央に載せたり、箇条書きの際の bullet として使うことで、遠くから見ても「その研究がどの分野の研究なのか」を視覚的に伝えることができます。
高品質の紙かソフトクロスに印刷しよう
#betterposter のレイアウトを使い、テーマに関連する background や hat iconを使ってデザインをしたら、いよいよ印刷です。せっかく準備したポスターなのですから、少しでも印象を良くするために、出来るだけ高品質の紙かソフトクロスに印刷するようにしましょう。
ポスターを専用のケースに入れて運ぶのは常識だと思いますが、国際学会では飛行機の手荷物が紛失することも珍しくありません。データがあれば現地で印刷することも可能ですが、そんなことでポスター発表前にストレスを抱えるのは賢いとは言えません。もし同僚で同じ学会のポスター発表をする人がいる場合、お互いのポスターケースに自分と相手のポスターを入れると、どちらかのポスターケースがなくなった場合にも問題なく対処できます。「どうしても失敗できない」というポスター発表の場合、このような「保険」も十分コストに見合った効果をもたらしてくれます。
Elevator pitch で説明する準備をしよう
一般的にポスター発表は口頭発表と違い、発表時間が決まってはいません。発表者は聴衆の質問に応答することが一般的なポスター発表での発表方法です。そこで必要なのが、ビジネスの世界で使われる elevator pitch というプレゼンテーション方法です。
これは忙しい上司に対し、エレベーターに乗っているわずかな時間でプレゼンテーションをして説得し、決済を取るというプレゼンテーション方法です。ポスター発表でも聴衆の希望に合わせて、「30秒」「1分」「3分」という短時間で要点を話す練習が必要になります。
学会によっては、一定の発表時間が与えられて審査員の前で発表する形式を取る場合もあります。その場合には通常の口頭発表と同じような準備で対応できますが、ポスター発表では、基本的にこの elevator pitch での発表形式が必要とされることを覚えておいてください。
発表当日は自分のポスターを遮らない位置に立ち、練習したelevator pitch を使って、聴衆から質問を引き出すことに集中しましょう。初心者はどうしても全てを話そうと早く話す練習ばかりしてしまいますが、聴衆から質問を引き出して、その部分だけ話す方が良いポスター発表となります。また、目の前で話を聞いてもらっている聴衆だけでなく、その後ろに立っている聴衆にも意識を向けることが大切です。そうすることで聴衆が途絶えないポスター発表とすることが可能となります。
これまでのポスター発表は、先輩や指導医の助言に基づいて行われてきました。しかし世界は「科学的に根拠に基づいたわかりやすい発表」の重要性に気づき、従来のポスター発表の方法を変えようとしています。「先輩や指導医から言われたから」という理由で従来通りのわかりづらい発表をするのはもう終わりにして、聴衆が多くの insights 「ひらめき」を得るためのポスター発表をしていきましょう。そうすることできっと皆さんのポスター発表も高く評価され、結果として「優秀賞」を取ることもできると思います。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日紹介したポイントをまとめておきます。
・ 「自分が来年優秀賞を取る」ことをイメージして、ポスター発表に下見として参加する
・ 指導医の下で研究の質を向上させる
・ ポスター発表のガイドラインを確認する
・ #betterposter のレイアウト(The Original Layout/The Figure Hero Layout/The Presenter Layout) を使用する
・ Take-Home Message を plain English に変換する
・ Figures & Tables に punchline をつける
・ 研究テーマに関連する background とhat icon を使用する
・ 高品質の紙かソフトクロスに印刷して、同僚と手分けをして運ぶ
・ 発表は elevator pitch で行えるように準備する
・ 発表の際には目の前の聴衆だけでなく、その後ろに立っている次の聴衆にも話しかける意識を持つ
では、またのご来店をお待ちしております。
「Dr. 押味の医学英語カフェ」では皆さんから扱って欲しいトピックを募集いたします。こちらのリンクからこのカフェで扱って欲しいと思う医学英語のトピックをご自由に記載ください。
国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之