こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「浮腫に関する英語表現」。
一般的に「むくみ」と呼ばれる「浮腫」ですが、これも医学教育モデル・コア・カリキュラムにある習得すべき37の症候の一つです。しかしこの浮腫に関する医療面接を実際に英語でやってみようとすると、その病態生理や鑑別疾患が複雑なため、医療面接では意外と難しい症状とも言えます。
そこで今月は外来で「浮腫」を主訴とする患者さんが来院した場面を想定して、「浮腫に関する英語表現」をできるだけわかりやすくご紹介したいと思います。
「まぶたがむくんでいる」は英語で何と言う?
まずは「浮腫」の英語表現を確認しましょう。
皆さんご存知の通り、「浮腫」の英語表現は edema です。日本語の文脈では「エデマ」のように発音されますが、英語での発音は「イディーマ」のようになります。日本では米国式のスペルが一般的ですので、edema と表記されるのが一般的ですが、英国式のスペルでは oedema となります。どちらのスペルであっても発音は同じように「イディーマ」となります。
日本語の「浮腫」が医学用語であるのと同様に、英語の edema/oedema も医学用語です。日本語の「むくみ」に対応する一般用語としては swelling があります。この swelling は名詞ですので、 “When did the swelling start?” のように使われます。形容詞の「むくんでいる・腫れている」は swollen となりますので、「むくんだ顔」は swollen face と表現されます。ですから「両脚がむくんでいますか?」は“Are your legs swelling?” ではなく、“Are your legs swollen?” となります。この swelling と swollen を混同して使われる方が多いので、意識して正しく使うようにしてください。
浮腫が局所的に出現する「局所性浮腫」は local や regional を使わずに peripheral edema と呼ばれ、全身に出現する「全身性浮腫」は generalized edema や anasarca(「アナサァカ」のような発音)と呼ばれます。この anasarca が最初に出現する部位としては「上眼瞼」 upper eyelids がありますが、「まぶたがむくんでいる」という場合、英語では puffy eyes という表現が使われます。もちろん先ほど紹介した swollen を使って swollen eyelids と表現しても良いのですが、その場合には「ものもらい」stye や「結膜炎」conjunctivitis/pink eye など炎症による peripheral edema が想起されるので、anasarca によってまぶたが「むくんでいる」というニュアンスを表現したい場合には puffy eyes の方が適切な表現と言えます。また「目の下のたるみ」は英語では bags under eyes や under-eye bags などと表現されます。
脚がむくんで「ふくらはぎ」calf と「足首」ankle の境界がなくなって見える状態を cankle (= calf + ankle) という慣用表現で表す場合もあります。そして下肢の浮腫を改善するために「弾性ストッキング」が使われますが、この英語は elastic stockings ではなく、「圧迫するストッキング」というイメージの compression stockings となるのでご注意を。
ベッドサイドでも思い出そう!浮腫の病態生理
では次に浮腫の「病態生理」pathophysiology を見ていきましょう。
皆さんも生理学 physiology の授業で「スターリングの法則」Starling’s Law を学んだことと思います。これを浮腫に関連させて私なりに簡単に説明させていただくと下記のようになります。
「浮腫」edema の定義は「間質に液体が貯留すること」accumulation of fluid in the interstitial space です。そしてこの間質の液体の量は下記の4つの要素で決まります。
• 毛細血管内圧である「静水圧」hydrostatic pressure
• 血液の「膠質浸透圧」osmotic pressure
• 「毛細血管の透過性」capillary permeability
• 「リンパ管内の圧力」lymph capillary pressure
つまり edema の病態生理としては下記の4つを考えれば良いのです。
• 「静水圧の上昇」increased hydrostatic pressure による浮腫
• 「膠質浸透圧の低下」decreased osmotic pressure による浮腫
• 「毛細血管透過性の亢進」increased capillary permeability による浮腫
• 「リンパ管の閉塞」lymphatic obstruction による浮腫
この4つをとりあえず押さえておけば、Starling’s Law の複雑な計算式を覚えていなくても、ベッドサイドで患者さんの浮腫を見ながらそれがどんな病態生理で起こっているのかを考えることが可能です。
「静水圧の上昇」increased hydrostatic pressure の原因としては、まずは volume expansion として下記のようなものを考えましょう。
Increased Hydrostatic Pressure: Volume Expansion
o 腎不全:kidney failure
o 妊娠:pregnancy
o non-steroidal anti-inflammatory drugs (NSAIDs)
ibuprofen に代表されるNSAIDs は体液貯留傾向があるので volume expansion による increased hydrostatic pressure となりますが、降圧剤である calcium-channel blockers (特に dihydropyridine calcium-channel blockers) は動脈を拡張する artery vasodilation によって生じる increased hydrostatic pressure となります。
また静脈で血液が鬱滞することによって increased hydrostatic pressure となる venous obstruction としては下記のようなものがあります。そしてこれらの浮腫は anasarca ではなく、 peripheral edema となることが一般的です。
Increased Hydrostatic Pressure: Venous Obstruction
o 心不全:heart failure
o 深部静脈血栓症:deep vein thrombosis
o 慢性静脈不全:chronic venous insufficiency
o 上大静脈症候群:superior vena cava syndrome
次に「膠質浸透圧の低下」decreased osmotic pressure の原因を見ていきましょう。これは膠質浸透圧を維持する「アルブミン」albumin の減少が主な要因ですので、その原因には下記のようなものがあります。
Decreased Osmotic Pressure
o 肝硬変:liver cirrhosis
o ネフローゼ症候群:nephrotic syndrome
o 低栄養:malnutrition
「毛細血管透過性の亢進」increased capillary permeability では、炎症などが原因でタンパク質を多く含む「滲出液」exudate が間質に貯留します。これが「漏出液」transudate が間質に貯留する他の病態生理との違いとなります。
Increased Capillary Permeability
o 蜂窩織炎・蜂巣炎:cellulitis
o 敗血症:sepsis
o 血管性浮腫:angioedema/Quincke’s edema
最後が「リンパ管の閉塞」lymphatic obstruction ですが、これによる浮腫は「リンパ浮腫」lymphedema と呼ばれます。これは「リムフイディーマ」のような発音になります。lymphedema の m の発音は日本語の「ン」のようにはならないので注意してください。そしてこの lymphedemaの最も多い原因が悪性腫瘍 malignancy に伴う「リンパ節郭清」lymphadenectomy です。
Lymphatic Obstruction/Lymphedema
o 悪性腫瘍 &リンパ節郭清:malignancy & lymphadenectomy
o フィラリア症:filariasis
以上が浮腫の病態生理の概要です。
このようにむくみを見たら「水分が多いのかな?」「静脈の流れが悪いのかな?」「アルブミンが少ないのかな?」「炎症なのかな?」それとも「リンパ管が詰まっているのかな?」ということをベッドサイドで考えるようにしましょう。
覚えておきたい non-pitting edema の原因
皆さんも授業で学んだように、浮腫の鑑別で重要になるのが「圧痕性浮腫」pitting edema と「非圧痕性浮腫」non-pitting edema の区別です。この pit というのは「凹み」というイメージの単語で、カーレースの際に車が給油や修理をできる「低い場所」は pit と呼ばれますし、腕の下で凹みとなっている「脇の下」は armpit と呼ばれます。ここから pit は動詞としては「凹みを作る」というイメージになるのです。
指を数秒間押しつけた後に「凹み」が残る浮腫を「圧痕性浮腫」pitting edema と呼びますが、edema のほとんどがこの pitting edema です。「凹み」が残らず、指の圧迫を跳ね返す浮腫を「非圧痕性浮腫」non-pitting edema と呼びますが、この原因は下記の3つです。
Non-Pitting Edema
o 粘液水腫:myxedema (caused by hypothyroidism)
o 前脛部粘液水腫:pretibial myxedema (caused by Graves’ disease)
o リンパ浮腫:lymphedema (caused by lymphadenectomy)
「粘液水腫」myxedema は、水分を多く含む「ムコ多糖類」mucopolysaccharides が皮下に貯留した状態です。間質に液体が貯留する pitting edema とは異なり、この mucopolysaccharides が押しつけた指を跳ね返すために non-pitting edema となります。全身の代謝が低下する「甲状腺機能低下症」hypothyroidism では、重症化すると全身にこの myxedema が現れます。
これに対して脛(すね)に限局した「前脛部粘液水腫」pretibial myxedema は、「甲状腺機能亢進症」hyperthyroidism の代表疾患である「バセドウ病」に特有となります。読者の皆さんもご存知と思いますが、英語圏ではドイツ人医師に由来する Basedow’s disease という表現は使われず、英国人医師の名前に由来する Graves’ disease という表現(Graves が名前ですので、Grave’s ではなく Graves’ となります)が使われます。
ちなみにこの Graves’ disease に特有の症状として、この pretibial myxedema 以外にも「眼球突出」exophthalmos/proptosis があります。そしてこのある場合に陽性となる von Graefe sign は、英語圏の若い医師や医学生たちからは単純に lid lag (下方を見た時に眼球の動きと眼瞼(lid)の動きに差(lag)が出て、一瞬白目が見えること)と呼ばれます。von Graefe signのように人の名前がついた表現を英語では eponym と言います。医学にも数多くの medical eponyms が存在しますが、発見した人物の背景知識がないと伝わらないことが多いので、最近は lid lag のようなより直接的な表現の方が好まれている傾向にあります。
そして non-pitting edema のもう一つの原因が「リンパ浮腫」lymphedema なのです。浮腫を指で押しつけると、pitting edema では液体がリンパ管に逃げていくのですが、このリンパ管が閉塞している lymphedema では液体がリンパ管に逃げていくことができず、圧痕が残らないのです。ですから「リンパ節郭清」lymphadenectomy に伴う浮腫は non-pitting edema となるのです。
以上をまとめると「ほとんどの浮腫は pitting edema である。non-pitting edema の原因としてはムコ多糖類が全身に溜まる hypothyroidism、ムコ多糖類が脛に溜まる Graves’ disease、そしてリンパ管が塞がる lymphadenectomy がある。」ということになります。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。
最後に今回紹介した「頻度の高い浮腫の鑑別疾患」をもう一度まとめておきます。
Common Causes of Edema/Oedema
• Increased Hydrostatic Pressure
o Volume Expansion(水分が多い浮腫)
▪ Kidney Failure
▪ Pregnancy
▪ Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs (NSAIDs)
o Venous Obstruction(静脈の流れが悪い浮腫)
▪ Heart Failure (HF)
▪ Deep Vein Thrombosis (DVT)
▪ Chronic Venous Insufficiency (CVI)
▪ Superior Vena Cava (SVC) Syndrome
• Decreased Osmotic Pressure(アルブミンが少ない浮腫)
▪ Liver Cirrhosis
▪ Nephrotic Syndrome
▪ Malnutrition
• Increased Capillary Permeability(炎症による浮腫)
▪ Cellulitis
▪ Sepsis
▪ Angioedema/Quincke’s edema
• Lymphatic Obstruction/Lymphedema(リンパ管が詰まっている浮腫)
▪ Malignancy & Lymphadenectomy
▪ Filariasis
Non-Pitting Edema(非圧痕性浮腫)
• Myxedema: Hypothyroidism
• Pretibial Myxedema: Graves’ Disease
• Lymphedema: Lymphadenectomy
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之