Dr.押味の医学英語カフェ

Menu 64 メンタルヘルスに関する英語表現

こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!

ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。

本日のテーマは「メンタルヘルスに関する英語表現」です。

日本には「心療内科」という診療科がありますが、同じようなものが英語圏にもあるのでしょうか?また日本の医療現場では「自律神経失調症」という診断名が使われていますが、これは英語ではどのように表現するのでしょうか?そして「自殺企図」の有無を確認する際、英語ではどのような質問が適切なのでしょうか?

精神科領域は取り扱う疾患名が多く、それに関する一般的な英語表現も多岐に渡りますが、今回は「メンタルヘルス」をテーマに「不安」や「抑うつ」に関する英語表現をご紹介したいと思います。

「自律神経失調症」って英語で何と言うの?
日本語の「メンタルヘルス」にもなっている mental health という用語は、精神的な症状を psychiatry精神科」よりも幅広い視点から治療しようとするイメージを持つ表現です。

精神的な症状を訴える場合、英語圏では psychiatrist精神科医」を受診する敷居は日本と比べてそれほど高くありません。また clinical psychologist臨床心理士」や counselorカウンセラー」 なども、日本と比べると気軽に受診できるという文化があります。

英語圏と比較すると、日本では psychiatrist を受診する敷居は相対的に高いと言えますが、日本では family doctor や general practitioner などの primary care physician を介さずに「消化器内科」などの専門の診療科を直接受診することが可能であるため、「心療内科」という名称は患者さんから見て心理的な抵抗が少ない印象を持たれます。「精神症状に伴う身体症状を専門とする診療科」である「心療内科」の英語での名称は psychosomatic medicine となりますが、この名称が英語圏でそれほど市民権を得ていない背景には、英語圏では psychiatrists, clinical psychologists, and/or counselors などを受診することが一般的であるという状況があるのです。

この「心療内科」と同じように英語で表現するのが難しいのが「自律神経失調症」です。

「自律神経失調症」を「自律神経障害」と理解するならば dysautonomia と、「自律神経機能障害」と理解するならば autonomic dysfunction と、そして「自律神経機能不全」と理解するならば autonomic failure と表現できます。ただこれらは通常 “Parkinson’s disease can cause orthostatic hypotension due to autonomic dysfunction.” のように、「病名」としてではなく「病態」として使われている表現ですので、英語圏の一般の方にはほとんど聞き覚えのない表現なのです。

日本語の「自律神経失調症」は患者さんにも医療者にも広く認知されており、「病名」として使用されるにはそれなりの理由が存在します。また英語圏でも autonomic dysfunction という表現を患者さんに使う場面もありますので、この autonomic dysfunction を「自律神経失調症」の英語表現と考えることも可能だと思います。ただやはり英語の autonomic dysfunction を病名として使うには違和感が残ります。では英語圏において「自律神経失調症」のように使われている病名とは何なのでしょうか?

精神疾患の分類方法としては米国の Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM) が広く使われていますが、この DSM-5somatic symptom disorder (SSD)身体症状症」と呼ばれているものが、日本で「病名」として使われている「自律神経失調症」に近いものではないかと個人的には感じています。もちろんこの SSD は「自律神経失調症」とは異なるのですが、autonomic dysfunction という「病名」に違和感を感じる英語圏の方(特に医療者の方)には下記のような説明をしています。

Autonomic dysfunction” is not an officially recognized diagnosis, but it is widely used and accepted among Japanese patients and healthcare providers. A similar concept in English-speaking countries would be somatic symptom disorder, although they are not the same condition.

いかがですか?ただ SSD 自体も新しい名称であり、英語圏でも患者さんにまで十分に浸透しているとも言えません。もちろん SSD を自律神経失調として表現するのが絶対的な正解というわけではないのですが、英訳の真髄は「日本人がこう表現する場面で、英語圏の人はどのように表現するか?」を考えることにあります。状況や相手に応じて「伝わる英語表現」を使うように心がけることで自然な英訳が可能となります。皆さんも状況や相手に応じて英語表現を使い分けることを意識してみてください。

Hypochondriac ってどんな意味なの?
DSM-5 では実に多くの精神科疾患が扱われていますが、医学教育モデル・コア・カリキュラムの主要症候としては「不安anxiety と「抑うつdepression の2つが挙げられていますので、ここでもこの2つの症状に絞って説明をしていきましょう。

まずは「不安anxiety です。

anxietyworry では何が違うのかと疑問に思われる方も多いと思いますが、anxiety はその程度が excessive であり、その期間も persistent と長く、また対象が unreasonable であるという点で worry とは異なります。DSM-5 の Anxiety Disorders の項目には様々な疾患がありますが、その代表的な疾患である generalized anxiety disorder (GAD)全般性不安障害」には下記のような特徴があります。

  •  Excessive anxiety that interferes with daily functioning
  •  Persistent anxiety lasting for more than 6 months
  •  Unreasonable anxiety that occurs even when there is no valid reason for concern

DSM は、DSM-5 から数字の表記が Roman numerals の V から Arabic numerals の 5 に変わりましたが、Roman numerals が使われていた DSM-IV では obsessive-compulsive disorder (OCD)強迫性障害」は Anxiety Disorders「不安障害」に含まれていました。(ちなみに DSM-5 では OCD は Obsessive-Compulsive and Related Disorders の中に分類されています。)この OCD とよく混同されるものとして、 obsessive-compulsive personality disorder (OCPD)強迫性パーソナリティ障害」がありますが、OCD が ruled by intrusive thoughts侵入的思考によって支配される」ことに対し、OCPD は ruled by perfectionism完璧主義によって支配される」という特徴があります。

また、これも Anxiety Disorders には分類されないのですが、illness anxiety disorder病気不安症」という疾患もあります。これは「自分は何か重篤な病気を患っていると思いこんで強い不安に囚われる」という疾患であり、以前は hypochondriahypochondriasis などと呼ばれていました。英語の hypochondrium という用語は、hypo- が「下」、chondro- が「軟骨」という意味ですので、「(胸骨の下の)軟骨の下の部分」、つまり「季肋部」を意味します。医学が発達していない昔、「原因がはっきりしない病気」の病巣がこの hypochondrium であると信じられていたことから、「自分は何か重篤な病気を患っていると思い込んで強い不安に囚われる」ということを hypochondria/hypochondriasis心気症」と呼ぶようになりました。ただ一般的に使われる hypochondriac という名詞には「必要以上に病気であると心配する人」というネガティブな意味がありますので、使う際には十分注意をしてくださいね。

「気分障害」は英語で何と言う?
では次に「抑うつdepression に関する英語表現を見ていきましょう。

日本語でも「良いムード」のように、「雰囲気」という意味でも使われる mood ですが、英語では「一定期間持続する気分」としても使われます。この mood に the をつけた the mood は 、“I’m in the mood of pizza tonight.” のように「〜したい気分」という意味になります。ただしこの mood に a をつけた a mood は「ある気分」という意味にはなりません。もしも “The doctor is in a mood today.” と言われたら、それは「あの先生は今日不機嫌だよ。」という意味になりますので注意してください。

この mood を使えば「上機嫌」は good moodbuoyant mood と、そして「不機嫌」は先ほど紹介した a mood の他に bad moodgrumpy mood などと表現されます。また「気分を上げる」は英語でもそのまま lift the mood のように、そして「気分を下げる」も lower the mood のように表現できます。

ですから「一定期間持続する気分の障害」である「気分障害」を、英語では Mood Disorders と表現します。そしてこの Mood Disorders の中に、 major depressive disorder大うつ病性障害」や bipolar disorder/manic-depressive disorder双極性障害・躁うつ病」が含まれるのです。ただ DSM-5 では Mood Disorders という分類はなくなり、major depressive disorder は Depressive Disorders に、そして bipolar disorder は Bipolar and Related Disorders に別々に分類されています。

うつ病の診断で役に立つ “SIGE CAPS” を覚えよう!
では最後に、 major depressive disorder (MDD) の診断に有用な “SIGE CAPS” という mnemonics語呂合わせ」をご紹介しましょう。

まずはこの SIGE CAPS の概要とその質問表現をお示しします。

SIGE CAPS for Major Depressive Mood
For major depression, you must have 5 or more of the following symptoms over a 2-week period, most of the day, nearly every day.

  •  Depressed mood: Have you noticed any changes in your mood recently? Have you been feeling sad recently? Do you feel sad most of the day? Do you feel sad almost every day?
  •  Sleep changes (insomnia or hypersomnia): Have you noticed any changes in your sleeping habits?
  •  Interest loss (anhedonia): Have you been losing interest in things you usually enjoy?
  •  Guilt or feelings of worthlessness: Do you feel stressed or unhappy at home or work?
    Do you feel guilty or worthless at home or work?
  •  Energy loss (fatigue): Have you been feeling unusually tired recently?
  •  Concentration problems: Do you have trouble focusing on your daily activities?
  •  Appetite changes (weight loss or gain): Have you noticed any changes in your appetite?
  •  Psychomotor agitation or retardation: Has anyone you know noticed that you seem restless or slower
    in your movements?
  •  Suicidal thoughts: Sometimes when people feel overwhelmed, they might think about
    hurting themselves. Has this happened to you?

MDD と診断するためには、depressive moodinterest loss のどちらかを含んで上記の5項目以上2週間以上持続することが必要となります。

では、それぞれの項目における質問表現を詳しく見ていきましょう。
Depressive mood
気分の落ち込み」を尋ねる英語表現には様々なものがあります。先述した mood を使った “Have you noticed any changes in your mood recently?” という開放的質問をまずは覚えておきましょう。

この他にも「気分の落ち込み」を feeling depressed や feeling down という表現を使って “Have you been feeling depressed recently?” や “Have you been feeling down recently?” と質問することもできます。また feeling sad も「気分の落ち込み」という意味でよく使われる表現です。日本人にも馴染みのあるこの sad という形容詞を使って “Have you been feeling sad recently?” と聞くことも可能です。

「気分の落ち込み」を尋ねる場合、それが「ほぼ一日中」かつ「ほぼ毎日」続くかどうかを尋ねることも重要になります。英語ではそれぞれ most of the dayalmost every day のように表現します。

Sleep changes (insomnia or hypersomnia)
MDD では、 insomnia不眠症」だけでなく hypersomnia過眠症」も現れます。これらの有無を尋ねるためには “Have you noticed any changes in your sleeping habits?” という開放的質問が有用です。そして必要に応じて “Do you have trouble falling asleep or staying asleep?” や、 “Do you sleep much more than usual?” という質問を重ねていきましょう。ちなみに「睡眠不足です」を英語で表す場合、“I’m sleep deprived.” という表現がよく使われます。「睡眠不足」にも sleep deprivation という表現がよく使われますので、知らなかった方はこれを機会に覚えておきましょう。

Interest loss (anhedonia)
anhedonia は「アンヒニィア」のように発音し、その意味は「通常楽しんでいた活動を楽しめなくなること = 快感消失」となります。この有無を尋ねる際には 、“What activities do you enjoy doing in your spare time?” のように余暇の過ごし方を尋ね、次に “Have you been finding pleasure in these activities recently?” という質問を重ねます。ちなみに日本では「余暇に行う活動全般」を「趣味」と言いますが、英語の hobby は「凝った趣味」という意味になり、読書や映画鑑賞などは通常 hobby とは見做されないので注意してください。ただ2つの質問を重ねるのは大変だと感じる方も多いことでしょう。そんな方は “Have you been losing interest in things you usually enjoy?” という1つの質問で anhedonia の有無を尋ねましょう。

Guilt or feelings of worthlessness
英語で「自分に罪悪感を感じる」ことや「自分に価値がないと感じる」ことの有無を尋ねる場合、どのような表現を使いますか?もちろん “Do you feel guilty or worthless at home or work?” のように guilty罪悪感を感じる」や worthless価値が低い」という形容詞を使って直接的に尋ねても良いのですが、こういった直接的な表現を使うのに抵抗を感じる場合、まずは “Do you feel stressed or unhappy at home or work?” という表現を使ってみて、そこから間接的に guilty や worthless の有無を探るというのも良い方法です。

Energy loss (fatigue)
活力が低下する = 倦怠感がある」かどうかを尋ねる場合、 “Have you been feeling unusually tired recently?” という表現を使いましょう。活力が低下すると get through the day1日をやり過ごす」ことが困難になるので、 “Do you find it hard to get through the day because you lack energy?” という質問も有効です。また「しっかり寝ても疲れが取れない」という意味で”Are you feeling exhausted even after a full night’s sleep?” という質問も便利な表現です。

Concentration problems
diminished concentration集中力低下」の有無を尋ねる際には、 concentratefocus という動詞を使って “Do you have trouble concentrating/focusing on your daily activities?” のように尋ねても良いですし、「気を散らす」という意味の distract という動詞を使って “Are you easily distracted lately?” と尋ねることも可能です。

倦怠感や集中力の低下は daily activities日常生活」に影響を与えますので、これらの程度を尋ねる際には “How does it affect your daily activities?” という質問表現が便利です。

Appetite changes (weight loss or gain)
MDD では anorexia食欲不振」だけでなく hyperphagia食欲亢進」も現れます。これらの有無を尋ねるためには “Have you noticed any changes in your appetite?” という開放的質問が有用ですが、これ以外にも “Are you eating much more or much less than usual?” や “Have you gained or lost a significant amount of weight without trying?” のような質問も役に立ちます。

Psychomotor agitation or retardation
英語の psychomotor agitation とは「精神運動性の焦燥 = 精神的な理由で落ち着かなくなること」であり、psychomotor retardation とは「精神運動性の遅滞 = 精神的な理由で動作が緩慢になること」です。こういった所見は自分では気づきにくいので、“Has anyone you know noticed that you seem restless or slower in your movements?” のような表現が有効的です。

Suicidal thoughts
MMD の診断では suicidal thoughts自殺企図」の有無を確認することが重要です。

もちろんこれはかなり尋ねることが難しい内容であり、このような質問をするまでに患者さんと rapportラポール = 短期間で築く信頼関係」を形成していることが前提となります。

このような難しい内容に関して質問をする前には下記のような transition前振り」をすることが理想的です。

“I appreciate your openness in sharing how you’ve been feeling. But it’s important for me to understand all aspects of your health, including your safety.”

英語の suicide という単語は、日本語の「自殺・自死」と同様にかなり強い印象を与える言葉です。もちろん suicide を使って “Have you ever had any thoughts of suicide?” のように直接的に質問しても良いのですが、この表現に抵抗を感じる場合には hurt/harm oneself自分自身を傷つける」という表現がお勧めです。この表現を使うと “Have you ever had any thoughts of hurting/harming yourself?” 「ご自身を傷つけようと思ったことはありませんか?」のように質問することが可能となります。

もちろんこのような質問表現でも良いのですが、suicidal thoughts のような尋ねにくい内容を尋ねる際には「2段階で尋ねる」という方法をお勧めします。具体的にはまず “Sometimes when people feel overwhelmed, they might think about hurting themselves.” 「忙しくなって一杯一杯になっていると感じると、自分自身を傷つけようと考える人もいます。」と述べます。そしてそれに続いて “Has this happened to you?” 「そのように考えたことはありませんか?」と尋ねるのです。

この「2段階で尋ねる」という方法は suicidal thoughts だけでなく、他にも様々な尋ねにくい症状の有無を尋ねる際に応用できます。たとえば fibroids子宮筋腫」の患者さんに dyspareunia性交時痛」の有無を尋ねたい場合には、“Sometimes patients with fibroids experience pain during sexual intercourse. Has this happened to you?” と尋ねることが可能です。他の尋ねにくい症状の有無を尋ねる際にも応用できる便利な型ですので、是非使ってみてくださいね。

さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に今回ご紹介した SIGE CAPS の質問表現をもう一度まとめておきます。

SIGE CAPS for Major Depressive Mood
For major depression, you must have 5 or more of the following symptoms over a 2-week period, most of the day, nearly every day.

  •  Depressed mood: Have you noticed any changes in your mood recently? Have you been feeling sad recently? Do you feel sad most of the day? Do you feel sad almost every day?
  •  Sleep changes (insomnia or hypersomnia): Have you noticed any changes in your sleeping habits?
  •  Interest loss (anhedonia): Have you been losing interest in things you usually enjoy?
  •  Guilt or feelings of worthlessness: Do you feel stressed or unhappy at home or work?
    Do you feel guilty or worthless at home or work?
  •  Energy loss (fatigue): Have you been feeling unusually tired recently?
  •  Concentration problems: Do you have trouble focusing on your daily activities?
  •  Appetite changes (weight loss or gain): Have you noticed any changes in your appetite?
  •  Psychomotor agitation or retardation: Has anyone you know noticed that you seem restless or slower
    in your movements?
  •  Suicidal thoughts: Sometimes when people feel overwhelmed, they might think about
    hurting themselves. Has this happened to you?

では、またのご来店をお待ちしております。

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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之

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