Dr.押味の医学英語カフェ

Menu 66 吐血と下血に関する英語表現

こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!

ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。

本日のテーマは「吐血と下血に関する英語表現」です。

消化管出血gastrointestinal (GI) bleeding があると「吐血」や「下血」という症状が現れます。医学教育モデル・コア・カリキュラムの「診療の基本」で身につけるべき症状ともなっているこれら2つの症状ですが、関連する医学英語は多岐に渡ります。

そこで今月は「吐血と下血に関する英語表現」をご紹介します。

BRBPRって何?
悪心・吐き気nausea には医学英語はありませんが、「嘔吐vomiting には emesis という医学英語があります。GI bleeding が原因で血液を「口から」排出することを「吐血」と言い、一般英語では vomiting blood と、医学英語では emesis に「血液」を意味する hemato- をつけて hematemesis と言います。ちなみに、respiratory tract bleeding が原因で血液を口から排出することを「喀血・血痰」と言い、一般英語では coughing up blood と、医学英語では hemoptysis と言います。

これに対して、GI bleeding が原因で血液を「肛門から」排出することを「下血」と言い、一般英語では passing bright red blood per rectum と言います。この bright red blood per rectum はその頭文字から BRBPR(「ビー・アール・ビー・ピー・アール」のように発音)とも呼ばれます。これは医学英語では hematochezia となり、日本語では「血便」とも表現されます。hemato- は「血液」を意味し、-chez は「排便」を意味しますので、hematochezia は passing bloody stools や、単に bloody stools という意味になるのですが、「黒色便」を意味する melena と区別する文脈で使われることが多いので、BPBPR鮮血便」という意味で使われることが多いのです。ちなみに melena の正しい発音は「メィナ」なのですが、英語圏の多くの医療者はこの正しい発音に頓着することなく、「レナ」や「メナ」のように自由に発音しています。

肉眼には見えない血便の場合には「便潜血occult blood in stools という用語が使われます。そして、この occult blood in stools を確認する「便潜血検査」のことを fecal occult blood test と表現します。これは定型表現ですので、頭文字である FOBT(「エフ・オー・ビー・ティー」のように発音) と一緒に覚えておいてくださいね。

整理して理解しよう!吐血と下血の場合の出血部位
では吐血と下血では、それぞれ消化管のどこから出血しているのでしょうか?

この理解のためには、まず「上部消化管upper gastrointestinal tract と「下部消化管lower gastrointestinal tract を区別する必要があります。

この2つの境界となるのが、十二指腸と空腸を隔てている「トライツ靭帯ligament of Treitz であり、この靭帯より口側の消化管からの出血を「上部消化管出血upper GI bleeding と、そしてこの靭帯より肛門側の消化管からの出血を「下部消化管出血lower GI bleeding と呼びます。

そして、upper GI bleeding と lower GI bleeding はそれぞれ下記のような症状を起こします。

Upper GI BleedingHematemesis and/or Melena
Lower GI BleedingHematochezia or Occult Blood in Stools

Upper GI bleeding は「食道esophagus・「stomach・「十二指腸duodenum からの出血です。

口側から出る hematemesis の血は bright red blood の場合もあれば、胃酸によって酸化されて coffee ground blood の場合もあります。そして肛門側から出る血は胃酸によって digested blood となり、便としては melena となることが一般的です。また、この melena は hematemesis と同時に生じる場合もあります。ただ大量の出血の場合、出血した血液が全て digested blood となるわけではなく、便としては hematochezia となる場合もあるので注意が必要です。

Lower GI bleeding は「空腸jejunum・「回腸ileum・「盲腸cecum・「結腸colon・「直腸rectum・「肛門anus からの出血です。

lower GI bleeding では口側から出る hematemesis となることはほとんどなく、bright red blood per rectum (BRBPR) となることが一般的です。そして出血量が少ない場合には BRBPR ではなく occult blood in stools となります。

この lower GI bleeding では “Is the blood mixed with your stool, or is it separate?” のような質問が重要です。絶対というわけではありませんが、口側からの出血であれば血液と便は混合する傾向に、そして肛門側からの出血であれば血液と便はあまり混合しない傾向にあります。

以上の内容を症状別に考えると以下のようになります。

Hematemesisupper GI bleeding が原因。melena も併発している可能性あり。
Melenaupper GI bleeding が原因。hematochezia も併発している可能性あり。
Hematochezialower GI bleeding(もしくは大量の upper GI bleeding)が原因。
Occult Blood Stools → ごく少量の lower GI bleeding が原因。

このように吐血と下血の診断に当たっては、まず出血部位を整理して理解しておくことが重要です。

Upper GI Bleeding の鑑別疾患は?
ではここから upper GI bleeding の鑑別疾患を見ていきましょう。頻度別に紹介しても良いのですが、学生の皆さんは口側から部位別に覚えておく方が覚えやすいと思いますので、ここでは esophagus → stomach → duodenum の順でご紹介します。

食道esophagus で upper GI bleeding を引き起こす疾患としては下記を押さえておきましょう。

  •  「食道静脈瘤」esophageal varices
  •  「Mallory-Weiss 症候群」Mallory-Weiss syndrome
  •  「食道炎」esophagitis

食道静脈瘤esophageal varices(varices は「ヴァリシィズ」のように発音)は「肝硬変cirrhosis(「サロゥシィス」のように発音)による「門脈圧亢進症portal hypertension によって引き起こされることが一般的です。

Mallory-Weiss 症候群」である Mallory-Weiss syndrome の発音は、英語では「ロリー・ィス」のようになります。これは partial-thickness mucosal lacerations at gastroesophageal junction「食道胃接合部における部分的肥厚を伴う粘膜裂傷」であり、transmural distal esophageal rupture with pneumomediastinum「縦隔気腫を伴う遠位食道の全層破裂」である Boerhaave syndrome(「ーハァブ」のように発音)とは異なります。どちらも violent vomiting and/or retching によって引き起こされます。この retching とは「空吐き」のことで、dry heavesdry heaving とも呼ばれます。背景には alcoholism の他、bulimia nervosa神経性過食症」や hyperemesis gravidarum妊娠悪阻(おそ)」などもあるので、history taking でこれらの有無を確かめましょう。

stomach と「十二指腸duodenum で upper GI bleeding を引き起こす疾患としては下記を押さえておきましょう。

  •  「消化性潰瘍」peptic ulcers
  •  「胃炎」gastritis
  •  「胃癌」gastric cancer

このうち「消化性潰瘍peptic ulcers は「胃潰瘍gastric ulcer と「十二指腸潰瘍duodenal ulcer の2つがありますが、Gastric ulcer では the pan can be Greater with meals となるのに対し、Duodenal ulcer では the pan Decreases with meals となります。それぞれ GD を使って覚えるようにしましょう。

Lower GI Bleeding の鑑別疾患は?
次に lower GI bleeding の鑑別疾患を見ていきましょう。この lower GI bleeding では細かい部位に拘らず、下記の疾患を押さえておきましょう。

  •  「炎症性腸疾患」inflammatory bowel disease (IBD)
  •  「腸間膜虚血」mesenteric ischemia
  •  「憩室出血」diverticular bleeding
  •  「大腸ポリープ」colonic polyps
  •  「大腸癌」colorectal cancer
  •  「痔核」hemorrhoids
  •  「裂肛」anal fissure

炎症性腸疾患inflammatory bowel disease (IBD) には皆さんご存知の通り「クローン病Crohn disease と「潰瘍性大腸炎ulcerative colitis の2つがありますが、hematemesis が多いのは ulcerative colitis の方です。

腸間膜虚血mesenteric ischemia は「腸間膜動脈」mesenteric artery の虚血による疾患です。日本では「虚血性大腸炎」ischemic colitis のように呼ばれることが多いのですが、英語圏では mesenteric ischemiaintestinal ischemia のような表現の方が一般的です。

憩室diverticulum(複数形は diverticula)とは blind pouch protruding from the alimentary tract that communicates with the lumen of the gut であり、消化管の全ての層(粘膜・粘膜下層・筋層)全てが飛び出ているものを “true” diverticulum と、そして粘膜層と粘膜下層のみが飛び出ているものを “false” diverticulum/pseudodiverticulum と呼びます。「憩室症diverticulosis とは、この “false” diverticulum/pseudodiverticulum が後天的に生じた状態であり、また「憩室炎diverticulitis とは、この “false” diverticulum/pseudodiverticulum に炎症が生じた状態と言えます。そして「憩室出血diverticular bleeding とは、 diverticulitis と同様に diverticulosis の合併症であり、pseudodiverticula から出血している状態と言えるのです。

大腸ポリープcolonic polyps と「大腸癌colorectal cancer は少量の lower GI bleeding を引き起こすことが一般的ですので、hematochezia を起こすことは少なく、occult blood stools となることが一般的です。

これに対して、「痔核hemorrhoids や「裂肛anal fissure は BRBPR の原因となります。ちなみに日本語では hemorrhoids のことを “hemo” のように省略することがありますが、これは英語では通用しません。hemorrhoids には piles という一般英語がありますので、こちらを使えるように覚えておきましょう。

NG tube? EGD? Large-bore IV catheters? 知っておきたい重要単語
では最後に、吐血と下血に関するその他の重要な表現も見ておきましょう。

吐血や下血がある場合、vital signs で blood pressure や heart rate を確認して hypovolemic shock循環血液量減少性ショック」の有無を確認することが大切です。このように出血が疑われる場合には 血行動態が安定しているのか、不安定となっているのかを確認するのですが、これらを英語では hemodynamically stablehemodynamically unstable と表現します。

Upper GI bleeding の場合には「胃管」を鼻から挿入する必要がありますが、これを英語では nasogastric tube と言い、臨床場面では略語を使って NG tube と呼んでいます。

吐血の場合には「上部消化管内視鏡」が診断・治療のどちらにおいても重要ですが、これは英語圏の医療現場では EGD と呼ばれています。これは esophagogastroduodenoscopy の略語なのですが、長すぎるので皆 EGD と略語で呼んでいます。

下血の場合には「下部消化管(大腸)内視鏡colonoscopy が重要ですが、「直腸指診digital rectal examination (DRE) も忘れてはいけません。

また hemodynamically unstable の患者さんの場合、血行動態を急速に回復させる必要があるため、「大径カテーテル」や「太い留置針」が必要となりますが、そういったものを英語では large-bore IV catheterslarge cannula などと呼びます。この bore には皆さんご存知の「退屈させる」という意味だけでなく、「穴を開ける」や「穴の内径」のような意味もあります。穴を開けることを日本語でも「ボーリング」と言いますが、それは boring のことなのです。ちなみにこの bore は「イノシシ」を意味する boar と全く同じ発音となります。

さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後にもう一度、吐血と下血の出血部位とそれぞれの鑑別疾患を確認しておきましょう。

Hematemesisupper GI bleeding が原因。melena も併発している可能性あり。
Melenaupper GI bleeding が原因。hematochezia も併発している可能性あり。
Hematochezialower GI bleeding(もしくは大量の upper GI bleeding)が原因。
Occult Blood Stools → ごく少量の lower GI bleeding が原因。

Upper GI Bleeding の鑑別疾患

  •  「食道静脈瘤」esophageal varices
  •  「Mallory-Weiss 症候群」Mallory-Weiss syndrome
  •  「食道炎」esophagitis
  •  「消化性潰瘍」peptic ulcers
  •  「胃炎」gastritis
  •  「胃癌」gastric cancer

Lower GI Bleeding の鑑別疾患

  •  「炎症性腸疾患」inflammatory bowel disease (IBD)
  •  「腸間膜虚血」mesenteric ischemia
  •  「憩室出血」diverticular bleeding
  •  「大腸ポリープ」colonic polyps
  •  「大腸癌」colorectal cancer
  •  「痔核」hemorrhoids
  •  「裂肛」anal fissure

では、またのご来店をお待ちしております。

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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之

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