1172床の大規模病院腫瘍内科主任部長・仁科慎一医師。
消化器内科から腫瘍内科に転科したきっかけ、大学病院と市中病院の腫瘍内科の特徴や違い、がん薬物療法専門医の役割とワークライフバランスを聞きました。
【答えてくれる先生】
仁科 慎一先生/倉敷中央病院腫瘍内科主任部長
<経歴>
1998年 愛媛大学 医学部医学科卒業/ 1998年 岡山大学病院 消化器肝臓内科/ 1998年 広島市民病院 内科/ 2000年 住友別子病院 内科/ 2003年 岡山大学病院 消化器肝臓内科(肝がん基礎研究)/ 2011年 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科修修了(医学博士)/ 2011年 近畿大学医学部附属病院 腫瘍内科/ 2014年 赤穂中央病院 内科医長/ 2019年 倉敷中央病院 外科部長/ 2020年 倉敷中央病院 腫瘍内科主任部長 オンコロジーセンターセンター長(現職)
<認定医・専門医・指導医>
内科学会認定医、消化器内視鏡学会専門医、消化器病学会専門医、肝臓学会専門医、がん治療認定医、総合内科専門医、がん薬物療法専門医
「腫瘍内科医」のインタビュー記事一覧
- 小栗先生/ファイザー株式会社オンコロジーメディカルアフェアーズ肺癌チーム部長
『メディカルドクター転身成功の秘訣を直撃!がんの専門家は製薬会社からの需要大』 - 西先生/川崎市立井田病院腫瘍内科部長・一般社団法人プラスケア代表理事
『腫瘍内科外来×訪問診療の”二刀流”で地域を支える腫瘍内科医インタビュー』
はじめに
近畿大学附属病院から腫瘍内科のキャリアをスタート
みなさんはじめまして。
倉敷中央病院腫瘍内科主任部長の仁科慎一です。
近年は、腫瘍内科・がん薬物療法専門医ともに国内で認知度が高まっています。
腫瘍内科の浸透は感じるものの、同時に
「腫瘍内科ってどんなことをしているの?」
「ワークライフバランスってどうなの?」
「市中病院と大学病院でやることって違うのかな?」
「腫瘍の新しい薬って本当に安全なの?自分も使えるようになるかな?」
といった声も多く、役割や働き方の理解は十分でないようにも思います。
そこで今回は、腫瘍内科をメインフィールドにするがん薬物療法専門医の立場から、この専門医を検討中の他科の先生、医学生、医師を目指す方々からよくいただく疑問にお答えしましょう。
腫瘍内科にいたるまでの経歴紹介
「医師としてがん患者さんになにもやらないわけにはいかない」腫瘍内科で基礎研究を開始
私が腫瘍内科の道に入ったのは、2011年の近畿大学医学部附属病院腫瘍内科の入職のタイミングです。
それ以前は、岡山大学病院消化器肝臓内科など、腫瘍内科とは異なる消化器系診療科の所属でした。
私が腫瘍内科に興味を持ったのは、2001年。きっかけは、尊敬するA先生からいただいたメッセージでした。
「切除不能で遠隔転移してしまった消化器がんの患者さんは、外科、内科のいずれでも、有効な治療を受けられない。そんな患者さんには夢も希望もない。医師が目をそらしたら、患者さんたちはどうなる?誰が彼らを診るんだ」
そのメッセージが胸に突き刺さりました。当時の私は、転移を伴う消化器がんの患者さんに、希望を見出せる話ができていませんでした。
「私はどうなるのですか?」
そんな患者さんから問われたら、答えもせず目をそらす日々でした。
医師として、なにもやらないわけにはいかない。なにかできる日が来るのだろうか。
私はそのような思いを抱えていました。
A先生の言葉を抱えながら診療に励んでいたところ、私は基礎研究にがんの本質があると考えるようになりました。そして2004年、岡山大学大学院医歯薬学研究科で肝がんの基礎研究をすることを決めます。
日本全国からさまざまな医師が集まり、挑戦的なムードが漂う近畿大学腫瘍内科
大学院時代、抗がん剤は凄まじい発展を遂げます。この頃、転移性のがんに対する治療が変わる兆しが見え始めました。
大学院修了前年の2010年。がん関連の学会でA先生から、「近畿大学来いや。がんやりたいやつ集まってるで」と声をかけていただきました。それを機に、近畿大学医学部附属病院腫瘍内科で働くことを検討するようになりました。
近畿大学を見学してみると、消化器がん専門のS先生のみならず、乳がん専門のT先生や肺がん専門のN先生から、「治らないがんの診療を一緒にやろう」と誘っていただきました。
その言葉で、近畿大学の腫瘍内科に行きたい気持ちが高まったのです。
しかし、腫瘍内科の興味と同時に、転科の不安も抱いていました。当時の腫瘍内科は今よりもマイナー。消化器内科のように、全国どこの病院にもあるメジャーな診療科ではありません。「このマイナー科に進んでも大丈夫だろうか」そんな気持ちがあったことは事実です。
それに、消化器病診療、内視鏡手技を教えてくれた消化器内科の先輩医師に申し訳ない気持ちもありました。
正直なところ、そんな不安と申し訳なさ。打ち消して余りあるほど、当時の近畿大学腫瘍内科は魅力的でした。というのも、当時の近畿大学腫瘍内科は、日本全国からさまざまな専門の先生が集まっていて、興味深い研究や治療があれば、出身や専門の枠を越え、みんなで実践する挑戦的なムードが漂っていたのです。近畿大学で学びたい気持ちを抑えきれませんでした。
「根治不能のがんに悩む患者さんに手を差し伸べたい」。
研修医時代に抱いた気持ちを思い出し、入職を決めました。
振り返ると、妻の一言も大きかったように思います。
「ちょっとの間、大阪で過ごしてみるのもいいんじゃない?やりたいと思ったことやらないと」
そう言って、迷う私の背中を押してもらえました。
そして2011年、39歳で近畿大学附属病院腫瘍内科に入り、私の腫瘍内科医としてのキャリアがスタートしました。これが腫瘍内科で働くまでの経緯です。
ちなみに、私を誘ってくれたT先生、今でも話すと緊張するO先生、新薬の夢を語るS先生、刺激的な後輩K先生、O先生。当時のメンバーは、日本各地で大学教授になるなど活躍中です。
私自身も、現在は岡山県屈指の大規模市中病院である倉敷中央病院腫瘍内科で主任部長を任せていただいております。現職場は、先輩のS先生に紹介していただいてのこと。近畿大学の腫瘍内科で得たつながりには感謝しています。
次項では、そんな私の働き方・仕事内容・ワークライフバランスについて紹介します。
大規模市中病院・腫瘍内科主任部長の1週間の働き方を公開
病床数は1000以上、医師も500人を超える巨大市中病院
私の勤め先の倉敷中央病院は、ベッド数1172床、医師数536人、看護師数1380人(総職員数3818人/2024年4月1日現在)。
診療科・部門も35以上で、多彩な専門を持つ医師らが在籍。大学病院とも比肩する岡山県屈指の大規模市中病院です。地域の拠点を担いつつ、多くのがん患者さんを診療しています。
余談ですが、私の父も医師。現役時代は当院で働いていました。祖父も祖母も当院でお世話になったこともあって、子どもの頃から慣れ親しんでいる地元の病院です。こちらには、2019年から入職しています。
腫瘍内科の医師は何名?主な仕事は?
当院腫瘍内科は、主任部長の私1名です。悪性腫瘍のスペシャリストとして、院内の消化器系のみならず、さまざまな診療科の先生方からがんに関わる相談を受け、一緒に診察しています。多診療科の先生方のお世話になっているため、私自身はまだまだ修行中の身だと思っています。まずは、そんな私の1週間のスケジュールをご覧ください。
■仁科先生1週間のスケジュール
時間 | 土日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 |
---|---|---|---|---|---|---|
5:00 | 起床 | 起床 | 起床 | 起床 | 起床 | |
6:00 | 起床 | 朝食 | 朝食 | 朝食 | 朝食 | 朝食 |
7:00 | ランニング | 病院到着 回診 |
病院到着カンファレンス | 病院到着 回診 |
病院到着 回診 |
病院到着 回診 |
8:00 | カンファレンス | カンファレンス | カンファレンス | カンファレンス | ||
9:00 | 外来(15名) | ゲノム外来(4名)原発不明がん | 外来(15名) | 中心静脈ポート、患者会、セカンドオピニオンなど | 外来予習 | |
10:00 | ||||||
11:00 | ||||||
12:00 | ||||||
13:00 | 昼食 | 昼食 | 昼食 | 昼食 | 昼食 | |
14:00 | 会議 | |||||
15:00 | オンコロジーボード | がん相談運営会議 | 未承認・適応外審査委員会 | |||
16:00 | 院内プレエキスパートパネル 外来化学療法委員会など |
エキスパートパネル | ||||
17:00 | スイミング | 薬物療法カンファレンス | 企業面談 | 薬物療法カンファレンス | 企業面談 | |
18:00 | 臨床試験のミーティング | 多施設のWebカンファレンス | ||||
19:00 | ||||||
20:00 | 退勤 | 退勤 | 退勤 | 退勤 | 退勤 | |
21:00 | スイミング | |||||
22:00 | ||||||
23:00 | 就寝 | 就寝 | 就寝 | 就寝 | 就寝 | 就寝 |
出勤・退勤時間と当直は?
出勤時間は毎朝7時すぎ。退勤時間は18~21時となっています。18時までには一般業務が終わります。しかし、臨床試験のWeb会議や企業面談、Web講演会の参加や視聴、学会準備などが頻繁に入っているため、退勤時間は遅くなりがちです。予定を入れなければ、早く帰れます。時間外のオンコールについては、当番の先生から電話で相談を受ける程度。病院に出向いての対応はほぼありません。
外来は?
「外来(月曜日・水曜日)」「ゲノム外来(火曜日)」の担当を持っています。
「外来」では、消化器がん全般、原発不明がんなどを担当。がん薬物療法を行います。
「ゲノム外来」では、希少がん、標準治療不応のがん患者さんに、ゲノム検査を行い、ゲノム変化からがんの特徴を調べ、個別に有効な薬を見つけています。
ゲノム外来では、1日平均4名を診察。消化器を中心に婦人科、泌尿器科、耳鼻科、呼吸器内科などがんに関わるあらゆる診療科と連携しています。
以上の外来の準備を金曜日午前中に行います。
ちなみに、近畿大学医学部附属病院腫瘍内科所属時、外来では肺がんや乳がんなど、より多臓器に関した腫瘍を診療していました。当時はPhaseⅠ-Ⅲ相の治験が多数入っており、新薬開発にも参加。当時は、実に刺激的な毎日でした。
倉敷中央病院主任部長となった現在も、多少は治験をしています。とはいえ、当院は市中病院。治験による薬剤開発よりも、がん患者さんに新しい治療法を検討する臨床試験や実臨床による治療効果の研究がメインとなっています。
手技は?
当院腫瘍内科では、抗がん剤を投与するための「中心静脈ポート」の造設などが主な手技です。手技は、1件1時間程度、基本は木曜日か金曜日に実施しています。数件入る日もあれば、0件の日も。時間外まで長引くことはありません。
当院ではこのような体制ですが、手技の種類や件数は、勤め先によって異なるでしょう。がん薬物療法専門医でも消化器系のがんを診療する医師は消化管内視鏡、呼吸器系のがんだと気管支鏡検査をすることもあります。私個人の話をすると、内視鏡は好きな手技なのですが、倉敷中央病院腫瘍内科では、手技の機会が多くはありません。近畿大学腫瘍内科勤務時は、消化管ステントや胃ろう造設など、がん治療に必要な消化管内視鏡診療も行っていました。
余談ですが、腫瘍内科で特別必要とされる手技はありません。器用にこしたことはないのですが、不器用でも真面目にやっていれば腫瘍内科医師としての基本的な手技は必ず身に付きます。手技の腕は、さほど気にしなくていいと思います。
腫瘍内科の病床数は?主治医制?チーム制?
腫瘍内科自体は病床を持っておらず、外科に入院中の消化器がん患者さんの薬物療法のサポートを行っています。薬物療法の他、体調をくずした入院患者さんの主治医も担当。常時、受け持っている患者さんは0~3人程度です。なお時間外については、外科の先生のお世話になっています。
当院のオンコロジーボード、がんゲノム結果のエキスパートパネルについて
私は腫瘍内科主任部長とオンコロジーセンターセンター長を兼任しています。オンコロジーセンター設立の目的は、悪性腫瘍を横断的かつ多診療科、多職種で集学的に診療することにあります。週1回火曜日午後のオンコロジーボードでは、多診療科の先生方、多職種の方と患者さんの情報を共有しています。また、各診療科の多職種の方々からいろいろな意見がいただけて、勉強になります。また同じくさまざまな診療科の患者さん対応の困り事を、どのようにサポートするかについても話し合っています。「ひとりで悩まず、みんなで助け合える」。そんな環境で仕事ができることに感謝しています。また、がんゲノム検査の結果の検討については、院内でプレエキスパートパネルを行うとともに、岡山大学の先生ともオンラインでエキスパートパネルを実施していただいています。岡山大学の先生から、ゲノム結果の解釈、悪性腫瘍の治験情報をご教示いただいています。
カンファレンスは?
カンファレンスはオンコロジーボード、エキスパートパネル以外にも複数あります。まず、毎朝の外科のカンファレンスです。また、がん薬物療法カンファレンスや他施設とのカンファレンス、臨床試験グループのカンファレンスなどもあって、院内外の先生方と話し合う場が設けられています。それらに参加することで常に新しい情報が入り、より良質な診療につながっていると思います。
昼食後は臨床試験、他診療科からのコンサルも受ける
昼食後は比較的自由に時間を使えます。臨床試験をチェックしたり、後輩や他診療科の先生からがん関連のコンサルを受けたりしています。
ずばり、大規模市中病院腫瘍内科のワークライフバランスは?
17時帰宅が実現しやすく、ワークライフバランスを取りやすい
今は当直や時間外のオンコールがありません。早く退勤できた日はスイミングを楽しんでいます。休日の朝は、ランニングの時間も確保できているため、ワークライフバランスは取れているほうではないでしょうか。私の持論では、腫瘍内科医は、自分自身が精神的にも肉体的にも健康でないと、質の高いがん診療ができないと考えています。そのことから、できるだけ運動にも取り組み、心身のバランスを保つよう心がけています。
なお、当院ではがん患者さんの最期は、当番の医師が立ち会う体制となっていて、主治医の立ち合いが必須ではありません。以上の点からも、9時出勤、17時帰宅といった働き方が実現しやすい診療科ではないでしょうか。
しかし、私たち腫瘍内科を主戦場にするがん薬物療法専門医には、悪性腫瘍オタクが大勢います。「17時以降は腫瘍関連のことをしてはいけません」と言われたら、悲しむ先生もいることでしょう。私自身、退勤後にリラックスする日もあれば、学会や研究会に参加したり、他の先生方と交流したりする日もあります。プライベートをうまく調整して、できるだけ新しい情報に触れられるよう励む日々です。私は、のんびりと腫瘍オタクをやっていますが、本気のオタクの先生は、17時以降にも活発に研究しています。そのあたりは自分のやり方でいいと思います。
腫瘍内科は扱う病気の性質上、精神的につらい診療科です。自由時間を捻出することで、ワークライフバランスを整えることは非常に大切になります。勤務時間外も患者さんのこと、悪性腫瘍のことばかりを考えていたら疲弊してしまいます。長くは続けられません。自分の時間を確保しつつも、大事な患者さんのために腫瘍内科医としての研鑽を積んでいく。そのバランス感覚が、長く続ける秘訣かと思います。
最期の立ち合いは必須?
長年の診療によって、多くのがん患者さんと出会い、お別れをしました。患者さんの最期に立ち会うと、心にこたえるものがあります。そのすべてに対応していると、プライベートがなくなります。ある程度は割り切って、他の先生に看取りを頼る体制がなければ、バーンアウトしてしまいます。
患者さんの最期の時間に立ちえる瞬間があるからこそ、「がんばらないといけないな」と痛感するのも事実です。
現状、がん患者さんの最期との向き合い方には、さまざまな意見があって、病院ごとに体制も異なっています。近年の傾向としては、当番制の病院が増えているのではないかと思います。
「市中病院」or「大学病院」
双方を経験して感じた違い、特徴は?
大規模市中病院なら治療法開発・臨床研究が可能
医師のみなさんなら、「ベンチからベッドサイドへ」という言葉をご存じでしょう。ベンチに近い大学病院、ベッドサイド寄りの市中病院、そんなすみ分けとなっています。がんの基礎研究やトランスレーショナル研究、早期の創薬治験は大学病院の得意分野。一方、市中病院では、治療法開発を目的とした臨床研究や、観察研究が行えます。前者は刺激が多く、進化を目の当たりにしやすいと思います。後者のような患者さんに近い研究は、当院のようながん患者さんの数が多い大規模市中病院だと充実しています。患者さんを対象とした研究は市中病院も負けておらず、非常に奥深いですよ。
臨床経験を豊富に積めることが市中病院の魅力
私が勤める倉敷中央病院は市中病院。当院は大規模で診療科が細かく分かれているので、大学病院に近い環境となっています。しかし、診療科ごとの垣根が非常に低いことが特徴です。他科との交流も盛んで、カンファレンスや会議が多く、気軽に相談しあえる雰囲気ですよ。当院のような大規模市中病院は、臓器横断的な臨床経験を積みやすいと思います。
それぞれの専門性を尊重し、質の高い診療を
大所帯の腫瘍内科では、それぞれのがん薬物療法専門医が、個々の専門性をもちよって診療しています。例えば私は、消化器内科出身。炎症性腸疾患、肝不全の診療、それに内視鏡のスキルを役立てられます。もし、肺がん診療に長けた腫瘍内科の先生がいれば、気管支内視鏡や肺炎診療、呼吸管理の技術を重宝がられることでしょう。 他の診療科から腫瘍内科を専門にしても、それまでの技術や経験は活きています。また、薬剤師、看護師、MSWとの職種を越えた仕事も多く、協働によって、よりよいものをつくりあげる体験を得られます。尊敬をもって多診療科、多職種で診療にあたることで、お互い勉強になり、質の高い診療ができます。
腫瘍内科を目指す後輩たちへ
医師として人を診る
私たちがん薬物療法専門医は、がんという人生のピンチを支え、もしかしたら人生のエンディングまでご一緒するかもしれません。がんという病気だけではなく、患者さんの生活、残りの人生をどう支えていくかを考えています。腫瘍内科では多くのゲノム異常に基づいて、多数の分子標的薬を扱います。それらのサイエンスが、患者さんごとの人生にどう活かせるか。最終的には人の幸せの貢献にならなければなりません。
根治不能のがん患者さんを受け持ったとします。「あなたは残された人生をどのように送りたいですか。強力ではあるものの、やや副作用の影響を受けるがん薬物療法で可能な限り長く生きる治療。または、効果はやや劣るものの副作用の軽い治療。ご希望はありますか」そういった話をします。患者さんが、「残された時間が短くても、副作用の少ない治療をしたい」と選択されたら、その希望に則ったサポートをします。ときには、がん薬物療法を使わず、緩和治療のみのこともあります。
「私は仕事をとにかく続けたい。頻繁な通院や長時間の点滴は嫌だ」とのご希望があれば、「こういう治療プランもありますよ」と、仕事を続けられる治療法を提示します。
病名とガイドラインにそっただけの標準治療ではなく、患者さんを中心に人を診るということが大切なのです。
世界中の学会に参加して最新情報をキャッチ
腫瘍内科・がん薬物療法専門医は、薬物療法で全身に広がったがんの制御をします。日々、すさまじい速度で薬物療法は発展しています。アンテナを伸ばし、最新情報をキャッチし続けないと、ついていけないほどのスピード感です。
実際、がん薬物療法専門医が集まると、アメリカやヨーロッパの臨床腫瘍学会の話しや新しい論文発表の話が飛び交っています。
海外も含め、学会の参加も欠かせません。新しい治療が発表される瞬間に立ち会い、現場の空気を体感することでしか得られない興奮がありますし、腫瘍内科医としてのモチベーションも上がります。
大学病院勤務のがん薬物療法専門医は、海外学会に頻繁に参加しています。市中病院の先生も、主要な国内外の学会に参加し、知識・スキルを吸収しています。
また、学会で多施設の先生方とお会いし、情報交換をすることは励みになり、日々の診療に活きます。
私たちがん薬物療法専門医は、若い先生が積極的に海外の学会に行けるようバックアップしたいと考えています。自分の考えを世界に向けて発表し、新しい治療法が発表される瞬間に立ち会ってもらい、「時代が変わるな」とワクワクして欲しいですから。
国内においては、自施設のみならず多施設共同臨床研究への参加を通して、日常診療が本当に正しかったか、私たちが目指しているがん治療が正しいのかを確認できます。学会で学んだことを目の前の患者さんに届けたいと心から願っています。
仕事のやりがいは?
患者さんの最期に近いところで仕事をしていますから、ドラマチックな瞬間にも頻繁に立ち合っています。患者さんが亡くなった際、ご家族の方々から「ありがとうございました」と感謝の声を頂戴します。大事な家族とのお別れのタイミング。そんな局面に御礼を言っていただける仕事。非常にやりがいを感じています。
ご家族の悲しみを少しでも減らし、ご家族と一緒に過ごす時間をできるだけつくり、一つでもよい思い出が増えたらと願います。
働く上で心がけていることは?
診療では、「本当にこの治療で正しいのだろうか」と自分に問いかけ続けるよう心がけています。自分の中で、「ああでもない、こうでもない」と自問自答をくり返し、最善の診療を導き出すイメージです。また、自分の価値観を押し付けるのではなく、患者さんの希望に沿うための治療をしたいとも思います。希望としては、診療科や他の専門医と壁をつくりたくはありません。多診療科のスペシャリストの先生方の良いものを積極的に取り入れ、最終的には患者さん、人の幸せのための診療となることを願っています。
新しい薬はすぐに使える?
現在までに腫瘍内科で働き始めて早13年。日々の薬の進歩の早さに驚かされ続けています。立て続けに登場する分子標的薬と、ゲノム検査の臨床応用。わくわく、ドキドキする毎日を経験させてもらっています。
新しい薬が次々に入って来るものの、使いこなすには、知識をアップデートし続ける必要があります。学会は情報の宝庫なのですが、学会発表や論文だけでは薬物療法はできません。治療をしていく上で、学会発表や論文にはない行間のような部分を補足するためにも、腫瘍内科関連の仲間をたくさんつくり、情報交換をすることが不可欠だと感じています。医師の仲間たちと、「あの薬こんなとき効くらしいよ。こういうときは、使わない方がいいよ」と頻繁に情報交換しています。同じ腫瘍内科で働く仲間。この道で生きていくには、重要ですね。
腫瘍内科とがん診療の「今後の展望」
「肺がん」「乳がん」など従来の臓器がんごとの考え方も大事ですが、臓器横断的ながん診療がどんどん増えています。分子標的薬やがん免疫療法が主流となった今後、その流れはますます加速するでしょう。将来的には、さまざまな臓器のスペシャリストが腫瘍内科に集い、一丸となって診療する日が来るかもしれません。
最近、興味深い治験があったのでご紹介します。
ある胃がん患者さんに、遺伝子変異が認められました。それは、一般には肺がんで知られる遺伝子変異でした。
「同じ遺伝子変異なのだから、胃でも肺がんと同じ治療をやってみよう」。
その治験は、遠く離れたがんセンターの医師主導で行われました。その先生方と、多職種のみなさまの協力の上、治験薬の投与が当院で実現しました。胃がんだけを診ていては成り立たない治験を、施設の垣根を越え、多診療科、多職種で実現させられたのです。
今後も、腫瘍内科では多診療科による夢のある診療が盛んになることでしょう。
腫瘍内科を検討する先生たちへ
私は腫瘍内科の先生たちから、「がんに興味あるの?一緒にやろうよ」「みんなで一緒にやろう、困ったら助けるから」と言っていただいたことを機に、腫瘍内科の道に進みました。そんな文化は、がん薬物療法専門医の間に根付き、今も受け継がれています。
前述の通り、薬は目覚ましく進歩し続けています。その進歩には、多診療科、多職種の力が欠かせません。私自身もその渦の中で興奮し、微力ながら従事しているわけですが、一緒に分かち合える仲間がもっと増えて欲しいとも願います。
腫瘍内科の魅力は、新しい薬がものすごいスピード感でベンチからベッドサイドへと移り、患者さんのもとに届けられることにあります。そのスピード感は、全診療科の中でも屈指ではないでしょうか。
また、研究や情報交換では、多施設の腫瘍内科の先生方とのつながりが必要です。さらに院内では画像診断や放射線治療で放射線科、がんの微小環境のプロである病理の先生とも頻繁に交流しています。また、患者さんの最前線に立ち続ける看護師さん、薬のプロである薬剤師さん、社会的支援をしてくださるソーシャルワーカーさんの助けも欠かせません。そのため、コミュニケーション力も大切な能力となっています。人のために熱くなれる、みんなと仲良くやれる人が適任です。
がん患者さんは、今後も増え続ける見通しです。がん薬物療法の専門医を取得している先生は、さらに求められるはずです。病気ではなく、人を診る腫瘍内科、がん薬物療法に興味がある方は、一緒にこの世界で頑張りましょう!
「がんに興味あるの?一緒にやろうよ」、「みんなで一緒にやろう、困ったら助けるから」
先輩にかけていただいたこの言葉をそのまま後輩に送ります。
■日本臨床腫瘍学会のウェブサイト:https://www.jsmo.or.jp/
■日本臨床腫瘍学会認定研修施設一覧:https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf
■日本臨床腫瘍学会専門医名簿:https://www.jsmo.or.jp/public/specialists-lists/
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