在宅医療では“生活も診る”ことは必然で、医学教育では学べない大切なことを、患者さんやご家族が教えてくれることも多いのです。そこで、今回は特に印象に残った3つのケースをご紹介します。
“生活が7割”の在宅医療では、必然的に患者さんやご家族と深く関わることになります。
一方、病院医療では医師は“医学的に治すこと”に専念すべきなので、生活を知るという機会は少ないのが現状だと思います。
しかし、患者さんの生活を知り治療にあたるということは、在宅医療のみならず、すべての医療において大切な視点であり、若い皆さんにも何らかの形でぜひ経験してほしいというのが、私の想いです。
医療法人社団 貞栄会 理事長 内田貞輔 先生
2015年、静岡市内に静岡ホームクリニックを開設。2016年には医療法人社団貞栄会を設立、同法人理事長に就任。2019年に三田在宅診療クリニック(東京都港区)、千葉在宅診療クリニック(千葉市)、2022年にはなるみ在宅診療クリニック(名古屋市緑区)を開設。“在宅は生活をみること”という独自のコンセプトにより在宅診療の底上げを図り、普及活動にも精力的に取り組む。
ケース1~家族の関係を修復する力
一つ目は、ご高名な患者さんを大病院から引き継いだ例です。
社会的な地位もあり、病院の個室では何でもナースコールで対応してもらっていたと思います。ところが、在宅当初は、広い部屋の真ん中に寝かされた患者さんを、ご家族は微妙な距離感で眺めている状況でした。私は咄嗟に、心の距離のようなものを感じたのです。
そこで私は、キーマンと思えた患者さんの娘さんを説得して巻き込みました。彼女は、最初は腫れ物を触るような状態でしたが、接し方をアドバイスすることで徐々に変わり、本人のちょっとしたしぐさでも何を望んでいるのか分かるようになっていきました。
当初は、まるで“上司と部下”のような二人が、やがて心を通わせ、最後は“本当の父と娘”の関係になったのです。
在宅には家族の関係を修復する力があり、家族をサポートすることで叶えられる“命を受け継ぐ”ことの重要性を、改めて認識せずにはいられませんでした。
ケース2~患者さんに“役割”を与える
二つ目は、家族の一員としての役割を教えてもらったケースです。
脳梗塞で寝たきりとなり会話も片言という方でしたが、当初、私たちはご家族の負担減になればと、ヘルパーの利用などを提案していました。ところが、ご家族からは平然と“いや、大丈夫ですよ”という返事が返ってきました。
ご家族は日常の一部としてお世話されており、小学生のお孫さんは患者さんの傍で宿題をしたり、本の読み聞かせの相手になってもらったりしていたそうです。“寝たきりでも役に立っている”、そう患者さんが感じたであろうことは想像に難くなく、親御さんがわざとそう仕向けていたことを後で知りました。
ご家族にしてみれば患者さんは病人ではなく“父親”であり、父親の介護をすることは自然な行為だったのです。患者さんにはそれぞれ、ご家族の中での役割というものがあり、私たちの支援方法も千差万別であるべきということを学べた、貴重な機会となりました。
ケース3~患者さんの想いを尊重して妥協する
最後は、老人ホームに入所していた糖尿病患者さんが、息子さんと一緒にステーキを食べるために外出したという例です。 それを知った担当医師は、そうした行為を控えるよう指導しました。
もちろん、医師の指摘は医学的に正しい判断です。ただ、久しぶりの息子さんと外出が、患者さんにとってはいかに大切な時間であったかということに気付いていたかは疑問です。
慢性疾患は長期戦です。だからこそ患者さんの想いを尊重し、受け入れやすい妥協点を見つける必要があります。その判断力が在宅医には欠かせない、ということを学べた事例です。
医師として大切な対応力、そして謙虚さ
在宅医療ではたとえ同じ疾患であっても、それぞれの家庭に合わせた医療を考える必要があります。そのため、在宅医は対応力、そして先を見通す予測力が試されることとなります。
在宅医療では医師もチームの一員としてご家族と一緒に最善の方法を考えることとなり、自然と謙虚さも学べるフィールドだと私は考えています。医師としてだけではなく、より大切な“人”としても大きく成長できるのが、在宅医療の世界だと思います。
- 【第1回】在宅医療の本質とその魅力 ~プロローグ~
- 【第2回】理想の在宅医療とは ~在宅医として欠かせない視点と魅力~
- 【第3回】患者・家族から学び医師として成長する
- 【第4回】在宅医療が実現すべき理想のゴール ~患者が望むゴール(看取り)に与える医師の影響力~
- 【第5回】在宅医療のプロとしてあるべき姿~エピローグ~ 在宅医療の神髄は、すべての医療に通じる基本的資質
医療法人社団 貞栄会について
患者様の治療に必要な各専門領域のスペシャリストが、患者さんのもとまで「うかがう」、総合病院を目指した取り組みを行っています。「動く総合病院にしよう」「お看取りまでしっかりと」という2つのコンセプトを、心がけています。
患者様一人一人が誇りと尊厳に満ちた人生を送ることができるよう、地域に根ざした医療の提供に努めています。家族がその命を受け継ぐ一助となれるように、その人の人生の最期まで責任を持って寄り添えることが在宅医療であり、これこそが私たちの目指す医療です。
医療法人社団 貞栄会
貞栄会では、医師の皆様の見学や研修を、随時受け入れております。
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