こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「英語での症例プレゼンテーション:基礎編」。
医療における英語の重要性が高まる中、海外での臨床実習ではもちろん、日本国内においても「英語での症例プレゼンテーション」Oral Case Presentation が求められる機会が増えています。しかし日本の医学部では英語での症例プレゼンテーションの方法を系統的に学ぶ機会はそう多くはありません。
そこで今月は、英語での症例プレゼンテーションをどのように行ったら良いのか、基本的な部分からご紹介したいと思います。
「指導医を悲しませない」英語での症例プレゼンテーションとは?
まず、どのようなものが「望ましい」英語での症例プレゼンテーションなのでしょうか?「指導医」は米国では attending doctor と、英国では consultant と呼ばれますが、この「指導医」を「喜ばせる」素晴らしい症例プレゼンテーションのヒントを得るためには、その反対に指導医を「悲しませる」プレゼンテーションを考えてみると良いでしょう。そんな指導医をガッカリさせる英語での症例プレゼンテーションにはいくつかの要素がありますが、私は特に下記の3つの問題点を重視しています。
• 系統立っていない
• 鑑別疾患が想起されない
• 英語表現が拙い
つまり「指導医」 attending doctorを「悲しませない」ためにはこの3つの問題点を改善して、下記の3つのポイントに留意すれば良いのです。
Don’t make your attending SAD「指導医を悲しませない」
• Structure: 英語症例プレゼンテーションの「型」を守る
• Argument: 鑑別診断を「議論」するために必要十分な情報を提供する
• Delivery: 英語症例プレゼンテーションに特有の「定型表現」を使う
では、それぞれのポイントをひとつずつ見ていきましょう。
Structure: 英語症例プレゼンテーションの「型」を守る
1つめのポイントが Structure、つまり英語での症例プレゼンテーションで使われる「型」を守ることです。
日本の臨床実習では、検査結果の解釈と治療方針に重点が置かれていることが多いのですが、英語圏の臨床実習では History Taking 「病歴聴取(医療面接)」と Physical Examination 「身体診察」が重視されます。
2020年度から全国の医学部において Post Clinical Clerkship OSCE が開始されました。この Post Clinical Clerkship OSCE の「共通課題」では、模擬患者さんを相手に12分間で「医療面接」と「身体診察」を行い、その結果を4分間で「上級医に報告」することが求められます。ですから英語での症例プレゼンテーションを学ぶ場合にも、まずは History Taking と Physical Examination に特化して練習することが望ましいと考えられます。
このように History Taking と Physical Examination の結果を伝える際の英語症例プレゼンテーションの「型」は下記のようになります。
Oral Case Presentation Basic Structure
1.Patient Information「Chief Complaint「主訴」を含めた1つの文」
2.History Taking
• History of Present Illness (HPI) 「現病歴」
• Past Medical History (PMH) 「既往歴」
• Past Surgical History (PSH) 「手術歴」
• Medications (Meds) 「(内服)薬」
• Allergies 「アレルギー」
• Family History (FH) 「家族歴」
• Social History (SH) 「社会歴」
• Review of Systems (ROS) 「システムレビュー」
3. Physical Examination
• Vital Signs (VS) 「バイタルサイン」
• General Appearance (GA) 「全身の様子」
• Mental Status (Mental) 「精神状態」
• HEENT 「頭頸部 (head, eyes, ears, nose and throat の略。「エイチ・イー・イー・エヌ・ティー」と発音)」
• Cardiovascular Exam (CV) 「心血管」
• Pulmonary Exam (Chest) 「呼吸器(胸部)」
• Abdominal Exam (Abdomen) 「腹部」
• Neurological Exam (Neuro) 「神経」
• Extremities 「四肢」
• Skin 「皮膚」
4.Summary「Patient Information に鑑別に重要な項目を加えた1つの文」
5.Differential Diagnosis「鑑別疾患」
6.Plan「検査や治療の計画」
知っておきたい Patient Information と Summary の違い
ここで特に注意が必要なのが Patient Information と Summary です。
何事も「最初」と「最後」が肝心ですが、英語での症例プレゼンテーションでも最初の Patient Information と、情報提供の最後に行う Summary は、皆さんの症例プレゼンテーションの印象に、大きな影響を与える重要な要素なのです。
症例プレゼンテーションにおいて最初の項目となる Patient Information ですが、これは下記の4項目を入れた「インパクトのある1行の文」one-liner で表現するのが一般的です。
• Age: 年齢
• Sex: 性別
• Chief complaint: 主訴
• Duration of the chief complaint: 主訴の持続時間
ですから Patient Information の基本的な定型表現は下記のようになります。
Mr./Ms. (patient name) is a/an (age)-year-old man/woman, who presented with a (duration)-history of (chief complaint).
この定型表現を使った具体例は下記のようになります。
Mr. John Smith is a 48-year-old man, who presented with a 4-hour history of chest pain.
また、a (duration)-history of を簡略化して下記のようにも表現できます。
Mr. John Smith is a 48-year-old man, who presented with 4 hours of chest pain.
この4項目の他にも鑑別に有用と思われる場合には、「人種」 ethnicity や「職業」 occupation といった項目を入れる場合もあります。
Ms. Jane Smith is a 56-year-old Caucasian unemployed woman, who presented with a 3-day history of melena.
Ms. Jane Smith is a 26-year-old African American female college student, who presented with a week of dyspnea.
また「鑑別疾患に関連のあるリスクファクター」 pertinent risk factors がある場合は、次のように表現します。
Mr./Ms. (patient name) is a/an (age)-year-old (man/woman) with (pertinent risk factors), who presented with a (duration)-history of (chief complaint).
具体的には下記のようになります。
Ms. Smith is an 86-year-old woman with hypertension and diabetes mellitus, who presented with a 2-day history of intermittent chest discomfort.
この risk factors には例文のような鑑別疾患に関連のある「既往歴」の他にも、鑑別疾患に関連のある「家族歴」や「社会歴」など、「現病歴以外」のもので鑑別疾患に関連があればあらゆるものを入れることができます。
また皆さんが臨床実習をする大学病院では、「紹介受診」や「搬送」されてくる場合が多いと思いますが、その場合には下記のような定型表現を使います。
Mr./Ms. (patient name) is a/an (age)-year-old (man/woman), who was (referred/transferred) to our department for further evaluation and treatment of (symptoms/sign/disease).
具体的には下記のようになります。
Mr. Smith is a 71-year-old man, who was referred to our department for further evaluation and treatment of 3 days of macrohematuria. (紹介受診の場合)
Ms. Smith is a 67-year-old woman was transferred to our department for surgical treatment of subarachnoid hemorrhage. (搬送の場合)
この Patient Information の構造は多くの方に知られているのですが、情報提供の最後に行う Summary に関しては、「具体的に何を述べていいのかわからない」という方が多いようです。
「医療面接」History Taking で患者さんに対して行う Summary では、「私はあなたの話を聞き落としていませんよ」というメッセージを伝えるために、長めの要約となりますが、症例プレゼンテーションで指導医に対して行う Summary は 、Patient Information と同様に「インパクトのある1行の文」one-liner で表現するのが一般的です。
ではこの Summary は 、Patient Information とどう異なるのでしょうか?簡単に言えば、Summary は 「Patient Information に鑑別に重要な項目を加えた1つの文」となります。
ですから、 Summary の基本的な定型表現は下記のようになります。
In summary, the patient is a/an (age)-year-old (man/woman) with (pertinent risk factors), who presented with a (duration)-history of (chief complaint + significant HPI), associated with (pertinent positives).
つまり Patient Information の Chief Complaint の部分に、「現病歴」History of Present Illness (HPI) の中で特に重要な項目と、History Taking や Physical Examination において「陽性となる関連項目」である pertinent positives を加えるのです。
この定型表現を使った具体例は下記のようになります。
In summary, the patient is an 82-year-old man with hypertension and hyperlipidemia, who presented with a one-hour history of dull, central, and squeezing chest pain,associated with syncope and dyspnea on exertion, as well as physical findings of S3 and a crescendo-decrescendo systolic murmur heard best at the right upper sternal border radiating to the carotids.
例文を見てわかるように、この Summary では鑑別診断を明確に示唆する必要があります。この後に続く Differential Diagnosis を述べる際に、聞いていた指導医や他の聴衆がその鑑別診断に納得ができるような one-liner に仕上げる必要があるのです。このように Summary はその症例プレゼンテーションの評価を左右する程の重要な項目なのです。
英語での症例プレゼンテーションの最重要項目は「現病歴」
このように英語での症例プレゼンテーションにおいて、 Patient Information と Summary は重要な項目となるのですが、最重要項目は「現病歴」History of Present Illness (HPI) と言えます。
これは HPI が診断において最も重要な情報となるためですが、日本の臨床現場では検査の重要性が強調されているためか、日本の医学生の症例プレゼンテーションを見ていると、この HPI の情報量が圧倒的に不足していると感じます。
これは「症例プレゼンテーション」 Oral Case Presentation だけでなく、「カルテ」 Patient Notes においても同じなのですが、HPI は History Taking の半分以上(どんなに少なくても3分の1以上)となるように十分な情報量を入れるようにしましょう。
また HPI を述べる際においてもう一つ重要なことは、「時系列で整理する」chronological organization ということです。History Taking において HPI を尋ねる際には、 OPQRST (Onset, Provoking & Palliating Factors, Quality, Region & Radiation, Severity, and Timing) などの「語呂合わせ」 mnemonics を使う方が多いと思いますが、症例プレゼンテーションをする際には、このような OPQRST の項目順に述べることは避けてください。この HPI では “Draw the picture of the patient’s story” ということを意識して、「発症前」「発症時」「発症後」の順に時系列で症状の変化を述べていきましょう。OPQRST の項目に関する情報は、この時系列で述べていく中で自然と述べるように意識してください。
Argument: 鑑別診断を「議論」するために必要十分な情報を提供する
2つ目のポイントが Argument、つまり 鑑別診断を「議論」するために必要十分な情報を提供するということです。
症例プレゼンテーションが難しい最大の理由が、「鑑別疾患を想定する必要があるから」と言えます。つまり鑑別疾患を考えずにただ History Taking と Physical Examinationの結果を述べるだけでは全くもって不十分なのです。
症例プレゼンテーションでは指導医も含めて、みんなが診断を行いながら聴いています。従って聴衆の医師や医学生全員が納得して診断に到達できるのが良い症例プレゼンテーションと言えます。
たとえば「胸痛」chest pain を主訴とする症例のプレゼンテーションをする場合、聴衆はその鑑別疾患として「心筋梗塞」myocardial infarction,「狭心症」angina pectoris,「大動脈解離」aortic dissection, 「肺塞栓症」pulmonary embolism, 「帯状疱疹」shingles など様々な疾患を想定します。ですからHistory Taking と Physical Examination の両方で、それぞれの鑑別疾患に関連する症状やリスクファクター、そして身体所見を述べていくことが求められるのです。
たとえば myocardial infarction には、 chest pain 以外にも「呼吸困難」 dyspnea や「発汗過多」 diaphoresis のような関連症状が認められる場合にはしっかりと述べていきます。こういった「陽性となる関連項目」をpertinent positives と表現します。また、鑑別疾患の症状やリスクファクターがない場合には、「認められない」と述べることも重要です。こういった「陰性となる関連項目」を pertinent negatives と表現します。胸痛の場合、鑑別疾患として「帯状疱疹」shingles も考えられますので、「水痘の既往なし」 no history of varicella という pertinent negative も述べることが重要なのです。
つまり聴衆である指導医や他の医学生から、追加の質問をされないのが良い症例プレゼンテーションの条件となるのです。ですから、もし「この情報を症例プレゼンテーションで述べるべきか?」と迷ったら、 “Is this necessary for my clinical decision making? If so, how?” 「この情報は臨床的な意思決定において必要か?もし必要ならばどのように必要になるのか?」を自問自答してみてください。そうすることで「何を述べて何を述べないのか」が自然と見えてくると思います。
Delivery: 英語症例プレゼンテーションに特有の「定型表現」を使う
最後のポイントが Delivery、つまり英語症例プレゼンテーションに特有の「定型表現」を使うということです。
まず症例プレゼンテーションでは、患者さんが使う「一般用語」lay terms を「医学用語」medical terms に置き換える必要があります。ですから、患者さんが History Taking で述べていた shortness of breath は dyspnea へと、feeling pins and needles は paresthesia へと変換する必要があるのです。
また、 semantic qualifiers という表現を使うことも重要です。これは「臨床的な意義を与える医学英語」という意味をもつ言葉です。例えば「片側性」「拍動性」「日常生活に支障をきたす」、 という semantic qualifiers を使って unilateral pulsating headaches with disabling intensity と表現すれば、聴衆には当然「偏頭痛」 migraine が想起されます。
日本の医学生が英語での症例プレゼンテーションに挑戦しよう、となった時に最初にやってしまう過ちが、「自分で英作文をする」ということです。英語で症例プレゼンテーションをすることの最終目的は、日本語が通じない他の国の医師とコミュニケーションを取るということのはずです。「英語で書かれた医学論文を読んだことのない人は、他の人に読んでもらえる医学論文を英語で書けない」のと同様に、「英語での症例プレゼンテーションを聞いたことがない人は、他の人に理解してもらえる症例プレゼンテーションを英語でできない」こともまた事実です。
「呼吸音異常なし」や「項部硬直なし」といった表現を英語にする際に自分で英作文をすると、no abnormal breathing sounds や no stiff neck といった表現を使ってしまいます。しかし英語での症例プレゼンテーションを聞いたことがあれば、 “Chest is clear to auscultation bilaterally, no wheezes, rhonchi, or crackles.” や “The neck is supple.” といった「定型表現」を使うことが可能となります。
こういった定型表現は日本で出版されている「医学英語表現集」のような安直な教材ではなく、 First Aid for the USMLE Step 2 CS などの英語圏の医学教材を参照することでのみ、身につけることができます。
コア・カリキュラムにある35の症候をテーマに練習を行う
では最後に、今日ご紹介した内容を踏まえて、具体的にどのようにして英語での症例プレゼンテーションの準備をすれば良いのかご紹介しましょう。
鑑別疾患の知識がなければ症例プレゼンテーションの練習はできません。ですからまずは「医学教育モデル・コア・カリキュラム」にある全37症候のうち、医療面接ができない「ショック」と「心停止」を除いた35の症候に関して、しっかりと「臨床推論」Clinical Reasoning ができるように準備しましょう。
次に、 First Aid for the USMLE Step 2 CS の Practical Cases の中から、この35の症候に関する Patient Note を選び出し、それを何度も「音読」しましょう。こうすることで英語での症例プレゼンテーションの「定型表現」を、ある程度身につけることができます。
その際には、Patient Information と Summary を今回紹介した定型表現を使って自作するようにしましょう。
日本の医学部で勉強する限り、この35の症候に関しては日本語で症例プレゼンテーションをすることは避けて通れません。これと同じことが英語でもできるならば、それは卒業後に大きな力となって、皆さんの可能性を広げてくれます。今回の医学英語カフェをきっかけに、多くの方が英語での症例プレゼンテーションに挑戦してくれれば幸いです。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に、今回ご紹介した英語での症例プレゼンテーションの重要事項をまとめておきます。
• Don’t make your attending SAD「指導医を悲しませない」
o Structure: 英語症例プレゼンテーションの「型」を守る
o Argument: 鑑別診断を「議論」するために必要十分な情報を提供する
o Delivery: 英語症例プレゼンテーションに特有の「定型表現」を使う
• Patient Informationの定型表現
Mr./Ms. (patient name) is a/an (age)-year-old (man/woman) with (pertinent risk factors), who presented with a (duration)-history of (chief complaint)
• Summary の定型表現
In summary, the patient is a/an (age)-year-old (man/woman) with (pertinent risk factors), who presented with a (duration)-history of (chief complaint + significant HPI), associated with (pertinent positives).
• History of Present Illness には History Taking の半分以上となるように十分な情報量を入れる
• History of Present Illness はOPQRSTなどの語呂合わせの項目順ではなく、「発症前」「発症時」「発症後」の順に時系列で整理する
• 聴衆から追加の質問を受けないように「陽性となる関連項目」pertinent positives と「陰性となる関連項目」pertinent negatives を過不足なく取り入れる
• 「この情報を症例プレゼンテーションで述べるべきか?」と迷ったら “Is this necessary for my clinical decision making? If so, how?” 「この情報は臨床的な意思決定において必要か?もし必要ならばどのように必要になるのか?」を自問自答する
• 一般用語」lay terms を「医学用語」medical terms に置き換える
• 「臨床的な意義を与える医学英語」semantic qualifiers を使う
• 医学教育モデル・コア・カリキュラム」にある全37症候のうち、医療面接ができない「ショック」と「心停止」を除いた35の症候に関して「臨床推論」Clinical Reasoning ができるように準備する
• First Aid for the USMLE Step 2 CS の Practical Cases の中から35の症候に関する Patient Note を選び出し、それを何度も「音読」する
では、またのご来店をお待ちしております。
「Dr. 押味の医学英語カフェ」では皆さんから扱って欲しいトピックを募集いたします。こちらのリンクからこのカフェで扱って欲しいと思う医学英語のトピックをご自由に記載ください。
国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之