こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「嚥下困難に関する英語表現」。
「嚥下困難の鑑別疾患として食道癌とアカラシア以外に思いつかない」という方、そして「嚥下困難に関する質問として固形物と水分の飲み込みづらさ以外に思いつかない」という方、意外と多いのではないでしょうか?
この「嚥下困難」は医学教育モデル・コア・カリキュラムにある習得すべき症候の1つとして定められていますが、その分類や鑑別疾患、そして医療面接での質問に関しては、苦手とする医学生・医師の方も多いことと思います。
そこで今回は、この「嚥下困難」に関する英語表現をご紹介します。
ちゃんと区別して発音できる?dysphagia と dysphasia
「嚥下困難(日本の医療現場では「嚥下障害」とも呼ばれていますが、医学教育モデル・コア・カリキュラムでは「嚥下困難」の表記が使われています)」は、一般的には difficulty with swallowing や difficulty in swallowing と呼ばれ、医学的には dysphagia と呼ばれます。この場合の dys- は difficulty という意味に、そして -phagia は swallowing という意味になります。
この dysphagia とよく似た医学英語として dysphasia というものがあります。この -phasia は speech という意味ですので、dysphasia は「言葉を使えなくなる状態」という広義の「失語症」となります。ただ「全く言葉を使えなくなる状態」という狭義の失語症として aphasia もあるので、dysphasia は「ある程度まで言葉を使える失語症」として理解しておくと良いでしょう。もちろんこの dysphasia を「発語障害」として理解しても良いのですが、音を上手く生成できないという「構音障害」という意味の dysarthria というものもあるので、その区別には注意してください。
このよく似た dysphagia と dysphasia ですが、スペルと意味だけでなく、発音も異なります。dysphagia は「ディスフェィジィア」のような発音になりますが、dysphasia は「ディスフェィズィァ」のような発音になります。自分で正しく発音できない英単語は正しく聞き取りすることもできませんので、この2つの単語の発音はしっかりと区別できるようにしておいてくださいね。
odynophagia? xerostomia? 知っておきたい dysphagia の原因にもなる症状
この「嚥下困難」dysphagia の分類と鑑別疾患を見ていく前に、dysphagia と関連する症状も見ておきましょう。
Odynophagia(「オディノフェィジィア」のように発音) は pain on swallowing という意味ですので、日本語では「嚥下痛」となります。痛みがあると当然ですが dysphagia の原因にもなります。
また、食べたり飲んだりしたものが「逆流」してくる場合にも dysphagia として自覚されますが、これを英語では reflux や regurgitation と表現します。ちなみにこの reflux と regurgitation は gagging を伴わないという点で「嘔吐」vomiting/emesis とは異なります。この gagging とは「外部刺激により起こる嘔吐反射」というイメージの表現ですので、喉の奥に指を突っ込んで起こる「咽頭反射」は gag reflex と呼ばれます。このように gag には「吐き気を催す」「息を詰まらせる」というイメージがあるので、「猿轡(さるぐつわ)をかませる」「言いたいことを言わせない」という意味の他、「身体を使った冗談」として日本語にもなっている「ギャグ」という意味でも使われます。(ちなみに「外部刺激によらない嘔吐反射」というイメージとしては retching という表現があります。二日酔いの際に「空吐き」dry heaves/heaving が生じますが、あれがまさに retching です。)
そして上手く swallowing ができずに食べたり飲んだりしたものが larynx「喉頭」の方に入っていくと「誤嚥」となりますが、これは英語では aspiration となります。
実際には dysphagia ではないものの、患者さんが「喉に何か詰まっている感じがある」と訴えてくる場合もあります。英語圏の患者さんはこれを “I feel like there’s a lump/tightness in my throat.” のように表現しますが、これを医学英語では globus pharyngeus と呼びます。
この他にも「シェーグレン症候群」Sjögren’s syndrome などで「唾液」saliva の分泌が少なくなると dry mouth となってしまい、それが原因で dysphagia のような症状が生じますが、この dry mouth の医学英語は xerostomia 「ゼィロゥストゥミィア」のような発音)となっています。この xerostomia は日本の医学生・医師にはあまり浸透していない印象がありますので、これを機会にしっかりと覚えておいてくださいね。
覚えておきたい英語圏でよく使われる2つの分類
では、この dysphagia の原因はどのように考えていけばよいのでしょうか?
dysphagia の原因を考える上で、英語圏では dysphagia を oropharyngeal dysphagia と esophageal dysphagia の2つに分類して考えます。
「口の奥にある咽頭 = 中咽頭」を oropharynx と言いますが、そこから oropharyngeal dysphagia は difficulty moving food/liquids from the mouth to the pharynx, and from the pharynx to the esophagus という意味になります。上述した globus pharyngeus もこの oropharyngeal dysphagia に関連していると言えます。
これに対して「食道」esophagus に問題がある esophageal dysphagia は difficulty moving food/liquids down the esophagus という意味になります。上述した reflux や regurgitation もこの esophageal dysphagia に関連していると言えます。
そしてこの oropharyngeal dysphagia と esophageal dysphagia は、さらにそれぞれ構造が問題となる mechanical disorders と、機能が問題となる motility disorders に分かれます。そして dysphagia の場合、 motility disorders には「前に送ることができない障害」という意味で propulsive disorders という表現が使われます。
整理して覚えよう!dysphagia の鑑別疾患
ではここから、それぞれの分類における dysphagia でどのような鑑別疾患を考えれば良いか、整理して見ていきましょう。
まずは oropharyngeal dysphagia です。
oropharynx における mechanical disorders としては、「咽頭癌」pharyngeal cancer などの malignancy の他、「扁桃炎」tonsillitis や「扁桃周囲膿瘍」peritonsillar abscess などの infection があります。そして infection は物理的な狭窄だけでなく odynophagia も引き起こします。
oropharynx における propulsive/motility disorders としては、神経系の疾患を考えます。具体的には「脳卒中」stroke、「パーキンソン病」Parkinson’s disease、そして「重症筋無力症」myasthenia gravis (MG) や「ランバート・イートン症候群」Lambert-Eaton myasthenic syndrome (LEMS) といった神経筋接合部疾患を考えましょう。
次に esophageal dysphagia です。
esophagusにおける mechanical disorders は、dysphagia to solids を引き起こします。
この mechanical disorders の中でも症状が「進行性」 progressive の場合、「食道癌」esophageal cancer を考えましょう。
そして mechanical disorders の中でも症状が「間欠性」intermittent の場合、アレルギーに関連する「好酸球性食道炎」eosinophilic esophagitis や、鉄欠乏性貧血を伴う Plummer-Vinson syndrome の他、日本では少ないですが、食道下部のリング状の狭窄を伴う Schatzki’s Ring(「シャツキーズ リング」のように発音)などを考えましょう。
そして esophagus における propulsive/motility disorders は、dysphagia to solids and liquids を引き起こします。
この esophageal dysphagia to solids and liquids を引き起こす代表的な疾患が「アカラシア」achalasia です。achalasia の最後の部分は dysphasia と同じような発音となり、「アカレィズィァ」のような発音となります。この -chalas は relax という意味であり、否定を意味する接頭辞 a- と繋がって「(筋肉が)弛緩しない病気」という意味になります。
この achalasia では「食道造影」barium swallow を行うと、狭窄した部分が鋭角になり、それより上部の食道が拡張する特徴的な画像所見が認められます。これが「鳥のくちばし」に似ていることから、この所見は bird’s beak sign と呼ばれます。ちなみに鳥のくちばしでも先の尖ったものを beak と言いますが、ペリカンやアヒルのくちばしのように、水につけて魚などをすくい上げるような形状のくちばしは bill と呼ばれます。ですから「靴のようなくちばし」を持つハシビロコウは、英語では shoebill と呼ばれているわけです。
日本で「胃カメラ」と呼ばれている「上部消化管内視鏡」ですが、これは英語圏の医療現場では EGD と呼ばれます。これは esophagogastroduodenoscopy の略語なのですが、実際には誰もスペルアウトして使いません。「上部消化管内視鏡の英語名は upper GI endoscopy だ」と覚えている方が多いと思います。確かに患者さんに説明する場合には upper GI endoscopy という表現が使われますが、医師同士のコミュニケーションではこの EGD の方がよく使われています。
日本ではこの EGD を鼻から挿入するものも普及していますが、英語圏の transnasal endoscopy (TNE) では、通常食道までしか観察しませんので、gastroenterologist の他、ENT doctors も TNE を使います。同じように鼻から挿入して咽頭を中心に観察する検査は flexible endoscopic evaluation of swallowing (FEES) と呼ばれ、ENT doctors の他、speech therapist も FEES を使います。どちらも英語圏の医療現場では「ティー・エヌ・イー」や「フィース」と略語で呼ばれます。
英語での質問表現
では最後に、英語での医療面接でどのような質問をすれば良いのかを見ていきましょう。
この「医学英語カフェ」では何度も繰り返して強調していますが、「現病歴」history of present illness を尋ねる際には下記の3つのステップを使います。
1. Open-ended questions: 開放型質問を使い「発症」「発症前」「発症後」の様子を詳細に語ってもらう。状況に合わせて質問を加え、適宜話を要約する。
2. Closed-ended questions: “pain’s OPQRST” や “SOCRATES” などをチェックリストとして使い、 聞き漏らしがないか確認する。
3. Associated symptoms: 鑑別疾患に伴う関連症状の有無を尋ねる。
では、具体的にどんな質問をすれば良いのかを見ていきましょう。
1. Open-ended questions
• Could you provide more details about your swallowing difficulties?
• Could you describe the circumstances when you first experienced trouble swallowing?
• When did you first realize you were having trouble swallowing?
• Please describe what you experience when you try to swallow.
• Can you tell me how things felt before this symptom began?
• Has the difficulty in swallowing worsened, improved, or remained stable since it started?
2. Close-ended questions
• Do you find it difficult to swallow solid food and liquids?
• Are there specific foods that you find hard to swallow?
• Do you feel the difficulty with swallowing before the food or drink goes down, or after?
• Does it feel like your food gets stuck immediately after you start swallowing?
• Can you point to the area where you feel the food gets stuck?
• Do you experience coughing, choking, or feel like food is coming back up or going into your nose when you start swallowing or after swallowing?
• Is this swallowing issue constant, or does it come and go?
3. Associated symptoms
• Do you regurgitate undigested food?
• Do you experience pain when you swallow?
• Do you experience heartburn or a burning sensation in your chest?
• Do you hear a gurgling noise when you swallow?
• Have you noticed any changes in your breath or been told you have bad breath recently?
上記の表現を使って HPI を尋ねたら、これに続けて下記項目の質問を尋ねていきます。
• Past medical history
• Medications
• Allergies
• Family history
• Social history
• Review of systems
以上が dysphagia の分類・鑑別疾患・英語での医療面接の質問表現です。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に dysphagia の鑑別疾患をもう一度簡単にまとめておきます。
Dysphagia Diagnosis
Oropharyngeal Dysphagia
Mechanical Disorders:
• Pharyngeal Cancer
• Tonsillitis
• Peritonsillar Abscess
Propulsive Disorders:
• Stroke
• Parkinson’s Disease
• Myasthenia Gravis (MG)
• Lambert-Eaton Myasthenic Syndrome (LEMS)
Esophageal Dysphagia
Mechanical Disorders:
• Esophageal Cancer
• Eosinophilic Esophagitis
• Plummer-Vinson Syndrome
• Schatzki’s Ring
Propulsive Disorders:
• Achalasia
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之