こんにちは。「医学英語カフェ」にようこそ!
ここは「コーヒー1杯分」の時間で、医学英語にまつわる話を気軽に楽しんでいただくコーナーです。
本日のテーマは「循環器の身体診察に関する英語表現」。
世界医学教育連盟(WFME)の国際基準に沿って各医学部の医学教育分野別評価が進む中、「英語でも客観的臨床能力試験(OSCE)を実施する」という医学部が増えてきています。しかし英語で身体診察を行う場合には、英語圏での身体診察の順序や特有の英語表現などを正しく理解することが必要です。
そこで今月は、循環器の身体診察に関する英語表現 をご紹介します。
英語圏の身体診察は「視診」→「触診」→「打診」→「聴診」の順序が基本
「身体診察」は英語で physical examination/exam と言います。「検査」の英語表現を examination と思っている学生さんもいるようですが、症例報告などで使われる examination/exam は physical examination を意味し、血液検査や画像検査などの「検査」は workup や investigation などと区別して表現します。日本での「健康診断」 checkup は workup/investigation が中心となりますが、英語圏では頭の先からつま先まで丁寧に行う physical exam が中心となりますので、「最後に受けた健康診断はいつですか?」は、 “When was your last checkup?” の他に “When was your last physical?” とも表現されます。
この physical exam は「病歴聴取・医療面接」history taking/medical interview の後に行われることが一般的ですので、始める前には “I’ve finished taking your medical history. I would now like to examine you.” という transition を伝え、 “Would that be all right with you?” と尋ねて患者さんの「同意」 consent を得るようにしましょう。また “Before we begin, I will wash my hands.” と言って手を洗うことも忘れずに。
日本の OSCE の手順に慣れている方が戸惑うことの一つに、 physical exam の順序があります。英語圏では下記の順序で行うことが一般的です。
1. General inspection (+mini-mental state examination)
2. Vital signs
3. Hand exam
4. Head, eyes, ears, nose, and throat (HEENT) exam
5. Neck exam
6. Chest (cardiovascular + pulmonary exams) exam
7. Abdominal exam
8. Neurological exam
9. Extremities
10. Skin
つまり全身観察とVital signs を確認した後、手の診察から始め、その後は頭から足に向けて診察を進めていくのです。 また英語圏では診察する部位に関わらず、「視診」inspection →「触診」palpation →「打診」percussion →「聴診」auscultation の順序で行うことが一般的です。これも日本の OSCE の手順に慣れていると戸惑う点の一つですので注意してくださいね。
“Patient is in acute distress.” ってどういう意味?
初めの general inspection ですが、「入院患者」inpatient の場合には「ベッドの端から」 from the end of the bed 行う general inspection of the patient from the end of the bed と呼ばれる全身観察から始めることが一般的です。ここでは全体的な印象が重要で、患者さんが「今すぐ処置を必要とするほど苦しんでいる」と判断すれば、 “The patient is in acute distress.” と表現します。この distress は「苦しい状態」というイメージの表現で、「それは辛いですね」 “This must be distressing.” のようにも使われます。そして「今すぐ処置を必要とするほどではない」と判断すれば、 “The patient is in no acute distress.” と表現します。
「見当識障害」disorientation を疑う場合には mini-mental state examination (MMSE) を行う必要がありますが、「見当識」orientation を確認するには “I would like to ask you some questions to test your orientation.” と言ってから、who/when/where/why の4つの項目を下記のように尋ねます。
• Who: “Could you tell me your name?”
• When: “Do you know the date today?”
• Where: “Do you know where you are now?”
• Why: “Could you tell me why you are here today?”
次に「バイタルサイン」vital signs を確認します。この vital signs に関する英語表現はこちらにまとめてありますので確認しておいてください。
koilonychiaって何の所見?
vital signs を確認したら、“I’m going to take a look at your hands and fingers.” と言って hand exam を始めます。「手の視診」hand inspection では様々な「兆候」 signs に注意が必要ですが、「循環器」cardiovascular system に着目するならば、下記のものが特に重要です。
• clubbing: 「ばち指」のこと。指先が「棍棒」 club の先端のようになることからこう呼ばれます。「慢性の低酸素血症」 chronic hypoxemia の sign です 。診察の際には “Could you bring your two fingernails together like this for me?” と言って、自分の人差し指の爪を合わせて患者さんに示すとよいでしょう。
• cyanosis: 皮膚の色が青白くなる「チアノーゼ」のことで、「サィアノーシス」のように発音します。(プリンターのインクでお馴染みのように cyan(「サィアン」のように発音) は「青」を意味します。)この cyanosis は「末梢の循環不全」 poor peripheral circulation のsignとなります。
• edema: 「浮腫」の医学英語で、一般英語では swelling(名詞)やswollen(形容詞)などが使われます。
• koilonychia: 「さじ状爪」spoon nail の医学英語です。koilo- は hollow(窪んでいる)、-nychia は nail(爪)を意味します。皆さんご存知のように「鉄欠乏性貧血」iron deficiency anemia の sign です。
次に「手の触診」hand palpation ですが、cardiovascular system では capillary refill time (CRT) を確認することが重要です。これは「爪を圧迫して爪床の毛細血管に充満している血液を圧迫することで退色させ、指を離してから再び毛細血管に血液が充満することで爪床の色が元のピンク色に戻るまでの時間」のことで、正常であれば2秒以内で元のピンク色に戻り、poor peripheral circulation があれば元の色に戻るのに3秒以上かかります。英語では “I’m going to squeeze your finger gently.” と言って指先を圧迫します。
また「橈骨動脈の脈」 radial pulse を触診して、左右差などがないか確認することも重要です。後述する「弁膜症」valve disorders の中でも「大動脈弁狭窄症」aortic stenosis (AS) では weak pulse with a delayed peak が特徴的で、英語圏では今でも “pulsus parvus et tardus” という古典的な表現が使われています。また「大動脈弁閉鎖不全症」aortic regurgitation (AR) では、脈圧が増大する hyperdynamic pulse が特徴的です。この hyperdynamic pulse が「頸動脈」 carotid artery で見られれば Corrigan’s pulse と呼ばれ、「橈骨動脈」 radial artery や「尺骨動脈」ulnar artery で見られれば Watson’s water hammer pulse と呼ばれます。この他にも AR には爪床の毛細血管の拍動である Quincke’s pulse や、頭部が上下に動く head bobbing (De Musset’s sign) など数多くの signs が認められます。これらARの signs に興味のある方はこちらのサイトで詳しくご確認ください。
thrills と heaves って何のこと?
次は「頚部の視診」 neck inspection です。
循環器の診察では「右心不全」 right heart failure の所見である「頸静脈怒張」jugular venous distension (JVD) が重要になります。英語圏で身体診察をする際には「患者さんの右側」から診察をすることが一般的ですので、“Could you sit on the examination table, please? Now could you turn to your left side for me, please?” と言って右側の頸静脈の怒張を確認しましょう。
その次は「胸部の触診」chest palpation となります。
ここでは aortic/pulmonary/tricuspid/mitral valve の上に、 “I’m going to place my hand on your chest.” と言って手を当て、 thrills と heaves の有無を確認します。
日本語でも「スリル満点」のように使う thrills ですが、これは「胸壁に手を触れて感じるくらい強い心雑音」を指します。これに対して heaves とは「胸壁に手を触れて感じるくらい強い心拍動」のことで、「心肥大」cardiomegaly を示唆する sign となります。この他にも cardiomegaly の場合には「心尖拍動部」point of maximum impulse (PMI) が外側に偏位する displaced PMI などの sign が認められます。
英語でS3とS4はどのように喩えられるの?
循環器の身体診察における最大のハイライトが「心臓の聴診」 heart auscultation です。ここでは “I’m going to listen to your heart. Please breathe normally for me.” と言ってから aortic valve → pulmonary valve → tricuspid valve → mitral valve の順に「聴診器」 stethoscope の diaphragm (大きい方の面で高い音の聴取に向いている)を当てていきます。
正常の場合、聴こえるのは S1と S2 の音だけです。日本語では心臓の拍動音を「ドックン」と表現しますが、英語ではこれを “lub dub” のように表現します。皆さんご存知の通り、この lub である S1 は mitral/tricuspid valve が閉じる音で、dubである S2 は aortic/pulmonary valve が閉じる音です。
このS1とS2に加えて「過剰な音」が聴こえる場合、その音が「馬が駆ける音」に似ているために gallops と呼ばれます。この gallops はS1やS2と比べて低い音であるため、stethoscope の bell(小さい方の面で低い音の聴取に向いている)を使って丁寧に音を聴いていきましょう。
S1とS2が聴こえた後にもう一つの音が「おっ(S1) か(S2) さん(S3)」のように聴こえる場合、これを S3 と呼びます。これは心室に過剰な血液が「流れ込む」 slosh in 際に聴こえることから、英語では “slosh (S1) ing (S2) in (S3)” のように表現されます。また心室に過剰な血液が流れ込んで生まれることから ventricular gallop とも呼ばれます。「心不全」 heart failure などの他、心肥大したアスリートなどにも認められます。
これに対して S1 が2つに割れたような音として「お(S4) とっ(S1) つぁん(S2)」のように聴こえると S4 となります。これは「心筋梗塞」myocardial infarction などで心室が「硬く」 stiffなり、心房が過剰に収縮することによって生まれる音のため、英語では “a (S4) stiff (S1) wall (S2)” のように表現されます。心房由来の音のために英語では atrial gallop や atrial kick とも呼ばれます。正常な心臓で心室が硬くなることは絶対に起こりませんので、このS4は「絶対異常」 absolutely pathological となります。
誰でも簡単にできる心雑音の診断方法
では最後に「心雑音」murmur のアプローチに関して簡単にご説明しましょう。
心臓の聴診で S1とS2以外の「変な音」が聴こえた場合、まずはそれが gallops であるかどうかを確認しましょう。もしそれが gallops ではなく、「ブォー」のように聞こえる場合、それは「心雑音」murmur です。
この murmur が聴こえた場合、まずはそれが「収縮期雑音」systolic murmur なのか、「拡張期雑音」diastolic murmur なのかを判断しなければなりません。トレーニングを重ねれば音を聴くだけで聴き分けられるようになりますが、最も簡単に違いを見つける方法は「頸動脈」 carotid artery を触れて、その murmur が carotid pulse と同時に聴こえるかどうかを確認すればよいのです。もし murmur が carotid pulse と同時に聴こえるのであれば、それは systolic murmur で、murmur と carotid pulse に乖離があれば、それは diastolic murmur となります。
「弁膜症」valve disorders には大きく分けて「狭窄症」stenosis と「逆流症・閉鎖不全症」 regurgitation の2つがあります。「弁が開いている時」に murmur が聴こえる場合、それは「弁が狭いから」生じている「狭窄症」stenosis となります。逆に「弁が閉じている時」に murmur が聴こえる場合、それは「弁がきちんと閉じていないから」生じている「閉鎖不全症」regurgitation となります。
「収縮期」systole では mitral/tricuspid valve は閉じ、aortic/pulmonary valve は開いているわけですから、「収縮期雑音」systolic murmur が聴こえた場合、それは mitral/tricuspid regurgitation か、aortic/pulmonary stenosis となります。逆に「拡張期」diastole では mitral/tricuspid valve は開き、aortic/pulmonary valve は閉じているわけですから、「拡張期雑音」diastolic murmur が聴こえた場合、それは mitral/tricuspid stenosis か、aortic/pulmonary regurgitation となるわけです。
これがわかれば後は「どの弁で最も大きく murmur が聴こえるか」を確認することで弁膜症の診断ができます。つまり systolic murmur がaortic valve の部位で最も大きく聴こえれば、それは aortic stenosis ですし、diastolic murmur が mitral valve の部位で最も大きく聴こえれば、それは mitral stenosis となるのです。
また心雑音」は murmur ですが、「血管雑音」は bruit(「ブルゥィ」のように発音)となります。「大動脈弁狭窄症」aortic stenosis (AS) では両方の頸動脈 carotid arteries に心雑音が放散することが特徴ですが、これは murmur の放散音であり、 bruits ではありませんのでご注意を。
検査技術の進歩に伴い、こういった身体診察 physical exam の技術は世界的にも軽視される傾向にあります。しかし physical exam は診断に必要なたくさんの情報を与えてくれるだけでなく、患者さんとのrapport 形成においても不可欠です。Stanford 大学の Abraham Verghese 教授が2011年に行った “A Doctor’s Touch” は、医学生として必見のTED Talk だと思いますので、まだ視聴されていない方は是非一度ご覧ください。また今回これを読んで英語での cardiovascular exam に興味を持った方は、Geeky Medics が提供しているこちらの動画も是非ご覧ください。
さて、そろそろカップのコーヒーも残りわずかです。最後に本日紹介したポイントをまとめておきます。
• 英語圏では「視診」 inspection →「触診」 palpation →「打診」percussion →「聴診」auscultation の順序で physical examination を行うことが一般的
• 英語圏では「全身観察」general inspection →「バイタルサイン」 vital signs →「手の診察」hand exam の診察の順序でphysical exam を開始することが一般的
• 英語圏では hand examを終えた後、head, eyes, ears, nose, and throat (HEENT) exam → neck exam → cardiovascular exam → pulmonary exam → abdominal exam → neurological exam (+ extremities) → skin exam の順序で行うことが一般的
• general inspection で「患者さんが「今すぐ処置を必要とするほど苦しんでいる」と判断すれば、 “The patient is in acute distress.” と表現する
• 「手の視診」hand inspection では clubbing/cyanosis/edema/koilonychia/Quincke’s pulse に注意する
• 「手の触診」hand palpation では capillary refill time (CRT) が2秒以内かを確認する
• 「橈骨動脈の脈」radial pulse では左右差の確認の他、pulsus parvus et tardus(ASの所見)や Watson’s water hammer pulse(ARのsign)などを確認する
• 「頚部の視診」neck inspection では jugular venous distension (JVD)(right heart failure のsign)を確認する
• 「胸部の触診」chest palpation では thrills(強度の murmur のsign)や heaves(cardiomegaly のsign)、そして displaced PMI(cardiomegaly のsign)を確認する
• S1 と S2 は英語では “lub dub” と表現される
• S1 と S2 以外の S3 と S4 は gallops と呼ばれる
• S1 とS2 が聴こえた後に聴こえる S3 は、英語では “shosh (S1) ing (S2) in (S3)” と表現され、ventricular gallop と呼ばれる
• S1 が2つに割れたように聴こえる S4 は、英語では “a (S4) stiff (S1) wall (S2)” と表現され、atrial gallop/kick と呼ばれる
• murmur が聴こえた場合、carotid pulse を触れて、それが systolic murmur か diastolic murmur かを判断する
• 弁が開いている時に murmur が聴こえる場合、その弁には stenosis があり、弁が閉じている時に murmur が聴こえる場合、その弁には regurgitation がある
• systolic/diastolic murmur が aortic/pulmonary/tricuspid/mitral valve のどの弁で最も大きく聴こえるかを確認することで valve disorder の診断ができる
• 「心雑音」は murmur と呼ぶが、「血管雑音」は bruit と呼ぶ
では、またのご来店をお待ちしております。
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国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター 教授 押味 貴之