アストラゼネカの臨床開発からメディカルドクターのキャリアをスタートした小栗先生。現在はファイザーのメディカルアフェアーズで活躍しています。がん薬物療法専門医として経験を積み、製薬業界にフィールドを移した、そのキャリアの積み重ね方を聞きました。
【答えてくれる先生】
小栗 知世先生/ファイザー株式会社オンコロジーメディカルアフェアーズ肺癌チーム部長
<経歴>
1995~2001年 藤田医科大学医学部/
2001年 名城病院臨床研修/
2002〜2004年 アイチ眼科/
2004~2005年 名鉄病院臨床研修/
2005〜2007年 名古屋市立大学医学部附属東部医療センター呼吸器内科/
2008~2013年 名古屋大学医学部附属病院呼吸器内科/
2011~2013年 名古屋大学医学部附属病院化学療法部/
2009~2013年 名古屋大学大学院医学系研究科呼吸器内科学講座博士課程/
2013~2014年 愛知県がんセンター呼吸内科/
2015~2017年 がん研有明病院呼吸器内科/
2017〜2018年 がん研有明病院総合腫瘍科/
2018年~2019年 東京済生会中央病院呼吸器・腫瘍内科/
2020年 聖マリアンナ医科大学腫瘍内科/
2020~2022年 アストラゼネカ株式会社臨床開発/
2022年~ ファイザー株式会社メディカルアフェアーズ/
2023年~ マサチューセッツ州立大学ローウェル校経営学修士(MBA)候補生
<認定資格>
日本医師会認定産業医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本呼吸器学会専門医・指導医、日本呼吸器内視鏡学会気管支専門医、
日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医、日本がん治療認定機構がん治療認定医
<所属学会>
日本内科学会/日本呼吸器学会/日本呼吸器内視鏡学会/日本臨床腫瘍学会/日本癌治療学会/日本肺癌学会/日本乳癌学会
はじめに
呼吸器内科専門医からがん薬物療法専門医に移行したきっかけは
ファイザー株式会社メディカルアフェアーズの小栗知世と申します。
私が腫瘍内科の存在を意識し始めたのは、2009年、名古屋大学大学院に進学したときのことです。
それ以前の研修医時代から肺がん診療に関心はありました。しかし当時は、がん薬物療法専門医の存在をまだ知らなかったため、まずは市中病院で呼吸器内科専門医を取得したのです。
研修後は名古屋大学に入局。名古屋大学にて、呼吸器内科専門医として働き始めました。
のちに名古屋大学大学院がんチームに配属。ここで、本格的ながん研究を行うことになります。
腫瘍内科と関わるきっかけは、化学療法部の安藤教授との出会いでした。
当時、私が所属していた呼吸器内科だけでは対応しきれない特殊ながんに出くわすことも。そんなときは、がん治療のプロフェッショナルである化学療法科の先生に相談していました。
ある日、特殊ながんの治療方針について安藤先生に相談したところ
「じゃあそれ、小栗先生が研究してみない?」
と私に提案してくれました。そこから腫瘍内科の先生方とともにがんの研究をすることになり、どっぷりとのめりこみました。それが、腫瘍内科の道に入った経緯です。
腫瘍内科の経験は製薬会社で活きる!
コロナ禍で価値観が変わってセカンドキャリアを模索
腫瘍内科に入って以来、がん診療、研究、臨床試験、国内外の学会参加や発表、論文作成など、充実した毎日を過ごしていました。しかし医師歴が20年に差し掛かった頃、一人の臨床医として、限界を感じるようになります。朝早くに家を出て、夜遅くに帰宅する毎日。加えて、週1回の遠方でのアルバイトと月数回の当直と当番。朝から晩まで一心不乱に患者さんと向き合っていたものの、一人の医師として接する患者さんの数は限られています。
それでも前を見続けていたのですが、体力的にもつらくなってきました。
「セカンドキャリア」
他の道をぼんやりと考えるようになりました。正直なところ、勤務医しかしてこなかったので、どんなセカンドキャリアの選択肢があるかわかりませんでした。
リハビリ病院勤務、単発アルバイトなど、なんとなく思い描けるキャリアもあるにはありました。
しかし思いつくもの全て、「自分には向いていないかな」そう感じ、転職活動には至らなかったのです。
転機は2020年に訪れました。日本全体がコロナ禍に見舞われ、私の価値観を大きく変えました。
揺れ動いていた私のもとに、一通のスカウトメールが届きました。
「製薬会社のキャリアスカウト」
それが、メディカルドクターの選択肢を考える機会となったのです。
製薬会社はがんの臨床経験を高く評価
担当エージェントの励ましで興味が深まる
さっそく、転職エージェントと面談。 「40代で製薬会社に就職することに不安があります」 思い切って、担当エージェントに相談してみたのです。 すると、私のがんの臨床経験、治験、臨床試験、国際学会での発表経験、論文作成の実績が製薬会社から求められていること、私の経歴と製薬会社の相性のよさを丁寧に説明してくれました。 それに、製薬会社の待遇、メディカルドクターの社内での立ち位置、仕事内容についても細かく教えてもらえました。 「やってみたいな」そんな気持ちが湧き、メディカルドクターへの転身を考えました。
アストラゼネカに評価された経歴上のポイントは?
ほどなく、アストラゼネカ株式会社「臨床開発」の採用面接が決定。
臨床開発のポジションは、おおまかに言えば新薬の承認を得るために働くことが目的です。
結果、採用をいただきました。
アストラゼネカの採用担当者は、メディカルドクターでした。この方は、のちに私の上司となって、採用後に評価ポイントを教えてくれました。
<評価ポイント>
①「国際学会の参加・発表、論文作成の実績」
「臨床開発」の仕事では、英語を用いた医学的文書の作成、チェックが必要です。その点、私はがん薬物療法専門医として、海外の学会で発表経験を持っています。また自分で数多く英語論文を書いたこともありますし、他の医師が書いた英文チェックや修正も担当経験していました。聞けば、これらの実績や経験が評価されたようです。
②「大学病院やがんセンターでの臨床経験」③「がん薬物療法専門医の資格」
私は大学病院やがんセンターで、がん薬物療法専門医や呼吸器専門医として勤務し、さまざまながん種の日常診療、治験や臨床試験を行ってきました。がん薬物療法専門医の臨床経験とさまざまながんの知識が認められたようです。
製薬会社にはまだまだがんの専門家が多くないのが実情です。がん薬物療法専門医がある種、希少で重宝されていることも、採用にはプラスに働きました。
メディカルアフェアーズを経験したくファイザーに転職
アストラゼネカでの臨床開発ではプロジェクトフィジシャンとして、さまざまながん種の数多くの開発薬剤を担当し、それぞれの治験の会議参加、治験の進捗状況の確認、グローバルチームとの会議、承認申請業務、薬事へのセコンドメント、英会話レッスンの受講、東京大学でのレギュラトリーサイエンス研修への参加、日本製薬工業協会データサイエンス部会タスクフォースへの参加など、たくさんのチャンスを頂き、大変充実した毎日を過ごしました。また、待遇、休日数ともに申し分ありませんでした。
しかし、メディカルドクターとして、さらなるステップアップを考えるようになり、「メディカルアフェアーズ」という分野にも挑戦したい気持ちが芽生えました。
製薬会社で働く医師のポジション
「臨床開発」「安全性情報」「メディカルアフェアーズ」
*詳しくは「製薬会社のメディカルドクター仕事内容を紹介」
「臨床開発」と「メディカルアフェアーズ」の両方を経験することで、「抗がん剤の開発から育薬まで一貫して携わりたい」、そんなふうに考えるようになりました。
そんな折、ファイザー株式会社のメディカルアフェアーズのポジションがオープンになったことを知ります。
「これはいい機会だ!」
そう思って応募することにしました。
ファイザーの医師は現在約20名
がん薬物療法専門医はわずか1名
ファイザーの日本法人では、内科系、外科系などさまざまな専門医が20名ほど在籍していますが、がん薬物療法専門医は私1名だけです。
医師の他、研究員や医療従事者も人材が豊富。基礎実験を担当するアカデミアの研究員や、薬剤師や看護師、臨床検査技師など、さまざまなバックグランドを持った方々が所属しています。
現在、私はオンコロジー部門に所属しており、部署内には総勢約40名が在籍。医師は、私を含めて2名となっています。オンコロジー部門は、抗がん剤を中心としたがん関連の薬を専門にしています。私はファイザー入社後、このオンコロジー部門の乳癌、泌尿器癌の部長を経て、現在は肺癌と3チーム目の部長となっています。おそらく腫瘍内科医、がん薬物療法専門医だからこそ、領域の異なる癌種の部長を抵抗なくシームレスに行えたのだと思います。
さて、メディカルアフェアーズについて簡単に解説します。メディカルアフェアーズは、医療現場のアンメットメディカルニーズを同定し、それを解決するために、医学的・科学的な専門性を基に活動する部門です。主に発売後の薬剤のリアルワールドエビデンスなどのエビデンスジェネレーション、医療従事者への科学的エビデンス提供やメディカルディスカッションなどを行っています。
なので、私は腫瘍内科で働いていたときから、一貫したキャリアの形成ができているように思います。
個人的な感覚では、がんに長けたがん薬物療法専門医は、幅広い癌種を扱う製薬会社において、今後ますます需要が増えていく予想をしています。抗がん剤の進化は目覚ましく、開発も盛んです。製薬会社でメディカルドクターとして、がんに関する薬を研究したい先生は、がん薬物療法専門医を検討してみてはいかがでしょうか。
メディカルドクターの1週間の働き方を公開
ここで、ファイザーでメディカルアフェアーズをしている私の1週間のスケジュールを紹介します。
■小栗先生1週間のスケジュール
Mon (在宅) |
Tue (出社) |
Wed (出社) |
Thu (在宅) |
Fri (出社) |
Sat (休日) |
Sun (休日) |
|
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8:30 | メール整理 | 移動 | メール整理 | メール整理 | 学会がある時は学会参加 | ||
9:00 | 会議 | 1 on 1 meeting (x2) | 会議 | 会議 | 会議 | ||
10:00 | 1 on 1 meeting | 1 on 1 meeting (x2) | 会議 | 打合せ | 会議 | ||
11:00 | 会議 | スライド 作成 |
書類 チェック |
経理作業 | 書類 チェック |
||
12:00 | ランチ | ランチ | ランチ | ランチ | 移動/ランチ | ||
13:00 | 医師 web面会 |
WS | 移動 | 会議 | 会議 | ||
14:00 | 会議 | 会議 | 1 on 1 meeting (x2) | ||||
15:00 | 打合せ | 打合せ | |||||
16:00 | 打合せ | 会議 | 書類作成 | 会議 | |||
17:00 | 会議 | 会議 | 移動 | 論文校正 | 1 on 1 meeting (x2) | ||
18:00 | 医師面談 | 英会話 | |||||
19:00 | |||||||
20:00 | |||||||
21:00 | |||||||
22:00 | Global会議 |
出勤・退勤時間は?在宅勤務は?
コアタイムありのフレックス制です。だいたい週2日は在宅勤務をしています。出勤時間は毎朝8時30分。退勤時間は通常18時。仕事の内容に応じてスケジュールを自分で組み立てることができるので、18時以前の早い時間の退社も可能です。
出張はほぼ毎月入ります。行先も国内外問わず津々浦々です。
月に数回はグローバル会議が入ります。この会議は、海外拠点のファイザー社員と交流します。基本的には睡眠に影響が出ない夕方などの時間帯に行いますが、時差の関係でやむを得ず深夜や早朝に会議が入ることもありますが、そう多くはありません。
英語がスタンダード?使用頻度は?
現在は社内コミュニケーションの7〜8割が日本語です。グローバル会議、海外の学会参加時は英語を使います。グローバルチームとの関わりは今後ますます多くなると考えられ、英語でのコミュニケーションは必須となっていくと思います。
休日とワークライフバランスは?
多忙な日々なのですが、勤務医とは質が違う忙しさだといえます。朝早く、夜遅くの仕事は滅多に入らないので、身体的なつらさは特別感じません。勤務時間内にしっかりと働き、期日までに仕事をこなす性質の忙しさだといえます。
ワークライフバランスに関しては、会社員の働き方そのもの。
基本的に土日・祝日・お盆・年末年始はお休みで、有給休暇も取りやすい環境です。ファイザーは、それとは別に会社指定の休日も数多く設けています。育休・産休も比較的しっかりと取れます。臨床医に比べると、勤務体系的に子育てしやすく、夫婦2人でメディカルドクターをしている先生もいらっしゃいます。
高名な医師と交流できた!がん患者さんとの交流機会もあり
メディカルドクターは、臨床医のときと比べ、患者さんの声を直接聞く機会が減ります。しかし、まるっきりゼロではありません。現在、私は「がん情報の均てん化を目指す会」のメンバーとして、全てのがん患者さんが適切ながん治療が受けられるための環境整備に取り組んでいます。
その中で、患者会を通して、がん患者さんとの交流機会が存在しています (がん情報の均てん化に向けて/がん情報の均てん化を目指す会)。
現職のメディカルアフェアーズでは、社外の医師と医学的情報交換を行います。他にも、メディカルセミナーや講演を開催したり、アドバイザリーボードで医師から意見をいただいたりもしています。臨床医時代には恐れ多かった御高名な専門の先生方から、現場の声を直接聞けるのは、貴重な経験ですね。
メディカルドクターのやりがいは?
メディカルドクターの仕事には、多くの魅力とやりがいがあります。
まず、メディカルドクターには薬の専門知識に加えて、各国の保険制度や診療体制の違いなど、幅広い知識が必要とされます。これらの知識を総合的に活用しながら、社内・社外のさまざまな立場のメンバーと協力して日本における医療課題を特定し、それらの解決に挑戦できることは、大きなやりがいとなっています。
また、日本特有の医療環境、保険制度をグローバルメンバーに説明し、相互理解を深めながら各国との連携を築くという貴重な経験機会も得られます。
さらに、メディカルでは研究を通じて学会発表や論文作成を行ったり、メディカルサイエンスリエゾンが先生方に最新の医学情報を届けたり、メディカルディスカッションを行うことで、日本の医療に貢献できます。
最近では研究や臨床試験などの学術的情報を、専門用語を使わずに一般の人でも理解できるように要約したプレインランゲージサマリー(PLS)を日本語に訳したものを作成しています。このような活動によって、患者さんの情報格差の解消、誰もが理解しやすい医療情報の提供を目指しています。さまざまな団体と協力して取り組めることは、大きなやりがいとなっています。
充実の学会参加&学習支援制度!
医学用語が頻出する英語の会議にも対応中
学会参加&最新論文にもアクセス可能
業務の一環として学会参加が可能で、加えて最新論文へのアクセスもできるため、医学知識のキャッチアップや維持がしやすい環境です。
ただし、外来などの外勤は許容される会社が多いですが、その頻度は限られており、臨床からは遠ざかります。手技においては、技術力のキープが難しいと言わざるを得ません。
メディカルドクターとしてのキャリアと臨床経験やスキルの維持の併存は厳しいでしょう。
英語学習も手厚くサポート
アストラゼネカ(1社目)とファイザー(現職)では、一定の基準を満たした社員に対して英語学習のサポートを提供しています。具体的には、外国人講師による英会話レッスンを半年〜1年間受講する機会がありました。
ちなみに、私は大学院時代、留学生との交流や海外学会での発表、論文作成など英語を使う機会がありましたが、英語は得意ではありませんでした。
アストラゼネカ入社当初は、英語面で苦戦したこともあります。例えば、会議で速い英語のやり取りや頻出する医学用語に苦労し、職場でのコミュニケーションに苦心していました。しかし、英語学習支援のおかげで成長し、メディカルドクター1年目と比べてTOEICスコアも向上。現在では、英語の会議にもついていけるようになっています。
腫瘍内科を目指す後輩たちへ
製薬会社を目指すならバイトや部活も経験しておきたい
製薬会社では英語力が必須となるため、時間に余裕のある学生時代のうちに強化しておくことをオススメします。また、部活動やアルバイトを通じてコミュニケーション能力を磨くことも重要です。メディカルドクターは臨床医と同様、チームワークが不可欠な職種です。単独での業務遂行は困難です。
腫瘍内科の先生は需要が高まるはず
今後、ますます腫瘍内科、がん薬物療法専門医は製薬業界で求められると思います。
私個人の経験として、腫瘍内科で働いてきた診療経験、抗がん剤の知識はメディカルドクターとなった現在も、そのまま活かせています。メディカルドクターに興味がある先生は、腫瘍内科で働くことを検討していただきたいですね。
がん薬物療法専門医からメディカルドクターに転身する際、医師歴の目安は?
初期&後期研修後、専門医を取得し、数年の臨床経験を積んでからメディカルドクターを目指すことをオススメします。臨床現場の知識・経験は、製薬会社のどのようなポジションにおいても求められます。
私の経験を共有させていただきます。私が研修医だった時代には、がん薬物療法専門医が存在しておらず、呼吸器内科医としてキャリアをスタートさせました。最短でがん薬物療法専門医取得はできませんでした。また、メディカルドクターとしてのキャリアは医師歴20年を経てからのスタートでした。
振り返ってみると、「メディカルドクターへのキャリアチェンジはもっと早くても良かったかな」と感じています。この経験が、後輩の先生方のキャリア選択の参考になれば幸いです。
メディカルドクターになってより広い視野で
医療とがんを考えられるようになった
臨床医の頃は、目の前の一人一人の患者さんに向き合っていましたが、メディカルドクターになってからは医療とがんに関する幅広い視点を持つようになりました。「がん対策基本法」や「ドラッグ・ロス」などの法規制から、医療経済、社会保障制度、日本における医療課題と、より大きな枠組みでの課題解決に取り組んでいます。また、最新の治療法や臨床試験の動向、国際的な医療格差の問題なども視野に入れ、包括的なアプローチを実践しています。 このような広い視野での思考と活動は、臨床医の時には経験できなかった貴重な機会です。さらに、製薬企業という立場から、新薬開発や治療アクセスの改善など、より多くの患者さんの人生に貢献することができています。 このような環境で活躍したいとお考えの方は、ぜひメディカルドクターというキャリアを検討してみてください。
■日本臨床腫瘍学会のウェブサイト:https://www.jsmo.or.jp/
■日本臨床腫瘍学会認定研修施設一覧:https://www.jsmo.or.jp/authorize/doc/sisetsu.pdf
■日本臨床腫瘍学会専門医名簿:https://www.jsmo.or.jp/public/specialists-lists/